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「セロシアさん、セロシアさんっ! お誕生日おめでとうございます!」

 それは、ちょうど休憩に入ってエーテルパラダイス内を歩いていた、昼下がりのことだった。
 綻ぶような笑顔とともにやってきたリーリエは、セロシアにとってだいはくはつにも等しい言葉を優しく投げてくる。にこにことご機嫌な彼女の傍らにはふわふわと漂うキュワワーとフラージェスがいて、リーリエとおなじように満面の笑みを浮かべていた。
 ……なんだか、よく、わからない。状況がまったく飲み込めずにいるセロシアは、ひどく掠れた声でしどろもどろの言葉を吐いた。

「え……ええと、お嬢さま? 誕生日というのは――」
「もちろん、セロシアさんのお誕生日ですよ。なぜなら今日は、セロシアさんがわたしの従者になってくださった日なのですから」

 自慢気に胸を張って言うリーリエは、未だもごもごしているセロシアに事のあらましを説明する。いわく、「従者になった日が誕生日」というのはピエリスが言っていたことらしい。
 いつだったか彼女にそれらしい相談をしたことがあるのだとか。ピエリスとセロシアという従者二人の誕生日を祝いたいのに、二人とも記憶喪失であるから誕生日らしい誕生日がわからなくて困っていると――
 リーリエの微笑ましくも深刻な悩みを聞いたピエリスは、少し悩むような素振りを見せたものの、すぐにはっきりと答えたというのだ。「わたしにとっての誕生日はグラジオさまの従者に選ばれた日ですから、もしかすると彼も同じなのではないですか?」と。

「本当は、きちんとセロシアさんに確認をとってからにしようと思ったのですけど……でも、それだとサプライズ感がなくなってしまいますし。たくさんたくさん悩んで、こういったかたちにしたのです」

 正直、リーリエの話がうまく頭に入ってこない。セロシアの脳内はもういっぱいいっぱいで、次第にじわじわと浸食してくるのは喜び、感動、感慨深さ……他にも様々な感情が複雑に絡みあってゆく。
 反応の悪いセロシアを見て不安になったのだろうか、リーリエは眉をたらんと垂れ下がらせてセロシアのことを見た。上目遣いがひどく愛らしい。

「あ、あの……ご迷惑、だったでしょうか……?」
「えっ――あ、いいえ! 違うんです、その――」

 ああ、やってしまった。仕えるべき主人にこんな顔をさせるだなんて従者にあるましき失態だと、数分前の自分をジュナイパーにとっちめてほしくなる。もっとも、今セロシアのボールに入っている彼女は素知らぬ顔で眠っているのだろうが。
 ……否、今は手元のジュナイパーより目の前のリーリエだ。セロシアは必死に心を落ちつけて、なんとかこの思いを声というかたちにしようとする。
 この気持ちをひと言で表すとしたら、それは――

「う……嬉しくて。お嬢さまに、こんなふうにお祝いしていただけることが」
「ほんとうですか……?」
「もちろんです! ぼくがリーリエさま相手に嘘なんて吐くわけが……いや、そんな話はどうでもよくて。……ええと、その、申し訳ございません。見てのとおり、いささかこんらんしているようで」

 リーリエに負けず劣らず眉を垂れ下がらせるセロシアは、放つ言葉とは裏腹に、このうえなく幸せそうにはにかんでいる。片手で口元をおさえていても隠せないその様は、きっと目の前にいるリーリエにもしっかり伝わっているのだろう。すぐに機嫌を直したようなふうで、ふんわりと微笑み始めたから。
 再び笑った彼女に呼応するかのごとく、キュワワーとフラージェスもその場でくるりとまわって見せた。

「じゃあ、お誕生日プレゼントをお渡ししてもいいですか?」
「え……い、いただいていいんですか……?」
「もちろんです、なんたってそのために用意したのですから! ……ふふ、ではキュワワーさんにフラージェスさん、よろしくお願いしますね」

 リーリエが目配せをすると、二匹はくるくるとまわりながらどこかへ消えていった……ように見えたが、どうやら曲がり角の先に隠してあった何かを取りに行ったようだ。消えたと思った直後すぐに戻ってきたもので、内心ちょっとだけ驚いた。
「何か」とは他でもない、見たこともないくらい立派な花束である。なんとなく見覚えのある花々は最近保護区で育てられている品種ばかりで、なるほど、よくよく見るとこのキュワワーとフラージェスも見知った顔のような気がしてきた。
 つい最近、保護区の環境を整えるために花畑の区画を作ったのだ。セロシアの担当からは外れているものの、財団の人間もポケモンも皆その花畑が気に入っているらしく、度々噂を耳にする。この二匹はきっと、そこの世話係を担当しているのだろう。

「男の人に花束なんて……とも思ったのですが、一応大切な理由もあるのです。セロシアさん、このお花、わかりますか? 赤くて燃えるようなかたちの……」
「ああ……はい。特徴的な花ですよね。確か保護区でも育てられていたような――」
「そうなのです! 保護区の担当さんに聞いたのですが、実はこのお花、あなたと同じお名前なのですよ。だからわたし、どうしてもあなたにこのお花をお届けしたくって……あ、かあさまにはちゃあんと許可をとってありますから、そこは安心してくださいね」

 決して長くはない人生ながら、今まで生きてきたなかでも見たこともないくらいの花束。色とりどりのそれは華奢なリーリエの体では抱えるほどの大きさであるが、彼女はそれにも負けないくらいに眩しく笑っている。
 ――あ、これ、まずいかも。
 刹那、じんと目頭が熱くなる。敬愛や愛おしさ、そして、おそらく「しあわせ」という名をした感情がこの胸にぐんとこみ上げてきて、もはやおかしくなってしまいそうだ。今にもリーリエを――主君である少女を抱きしめてしまいそうになる欲深い自分を、ギリギリのところで抑え込む。
 涙ぐむセロシアを前にあわあわと慌て始めたリーリエを見て、ふと、伝えていなかった言葉を思い出した。情けないすがたをこれ以上見せるのは忍びないし、ぐっとこらえて口を開く。本当は一番に伝えるべきであったのに。

「……お嬢さま、ありがとうございます。お嬢さまにこんなふうにお祝いしていただけて……ぼくは、とてもしあわせ、です」

 心からの言葉を、世界で一番愛おしい人へ。うまく笑えているのかわからない頬は、すぐにでも叫び出してしまいそうなくらいに震えている。感極まるとはこのことなのだろうか、セロシアの胸のなかは押し寄せる数多の激情でもうめちゃくちゃになっていた。

「ふふっ……来年も、こんなふうにお祝いさせてくださいね。あなたは、わたしにとって唯一無二の従者なのですから」

 従者冥利に尽きるその言葉は、とうとうセロシアの涙腺を決壊させたのだった。

 
今日は夢主の誕生日でした。
2022/04/05