今は受け止めるくらいしか

「おかえり」を伝えるや否や抱きついてきた丹恒くんは、それきりずっといっさい動かず、あたしにひっつきっぱなしだった。声をかけても背中を撫でても反応はなく、そのたくましい腕がほんの少し震えていることのみが、ダイレクトに伝わってくる。
 いったいどこに行っていたのかと訊ねるような無神経さは持ちあわせていない。思えば穹くんや三月ちゃんが手紙がどうこうと言っていたから、おそらくそれ絡みで何か痛ましい目にあって帰ってきたのだろう。
 丹恒くんがここまで苦しむ要因といえば、一番に浮かぶのはやはりあの仙舟・羅浮だけれど――これに関してあたしに何かを言う資格はないので、この子の悲嘆を受け止めるくらいしか、今のあたしにはできそうにない。
 帰宅直後よりも呼吸や震えが落ち着いてきたのを確認して、改めて丹恒くんに声をかけてみる。

「えっと……とりあえず、あたしの部屋、行こっか?」

 彼が快復するまでこのままにしておきたいけれど、さすがにラウンジのど真ん中で抱きあっているのは気が引ける。さっきからパムがこちらを何度も見ているし、そろそろ誰かがやってきてもおかしくない……姫子やヴェルトさんならまだしも、子供たちに見つかってしまったら何を言われるかわかったもんじゃないから。
 あたしの提案に丹恒くんはちいさくうなずいて、名残惜しそうにその身を離してくれた。天井の照明で逆光になったその表情は、形だけであればいつもと変わらないふうであるのに、その瞳には底の知れないやるせなさが湛えられているようである。
 こんな姿を見せられて放っておける人間など、きっとこの全宇宙を探したってなかなか見つけられないだろう。痛ましさと愛おしさをぐるぐると胸の奥に住まわせながら、丹恒くんの髪を撫でた。

「詳しいことは部屋で話そ。もちろん、話したくないことがあったらそれでいいから」
「……わかった」

 渋々と声を出した彼の手を取り、あたしは自室に向かって歩き出す。朝のうちにシーツを洗濯しておいてよかった――そんなことをぼんやりと考えながら。

 
 2024/05/17