あの日の裏側で

「旅人さんへのプレゼント……ですか?」

 神妙な面持ちのディルックを前に姿勢を正したのは、ほんの五分ほど前のことだった。
 こんなにも難しい顔をしているなんて、何か深刻な事件が起こってしまったに違いない――そう覚悟を決めて話を聞くと、どうやら先日の美酒とアロマの件で賜った称賛を旅人に伝えるため、彼を晩餐会へ招待したいということらしかった。
 せっかく招くのであれば何かプレゼントを用意したいが、一人では案が偏ってしまう恐れがある。ゆえに、彼と親しくしているハーネイアに意見をあおぎたいとして、声をかけてくれたのだという。
 ハーネイアにとって、他でもないディルックに頼ってもらえるのは何よりも誇らしく、とりわけ喜ばしいことだ。いささか拍子抜けしたような気もするが、すぐに気を取り直してディルックへと向き直る。わたしで力になれることなら何でもやります――そう意気込んで頷くと、彼は安堵をたたえた瞳で柔らかく笑ってくれた。

「早速ですけど、何か、目星みたいなものはつけてたりするんですか?」
「そうだな……旅人はひとつ所に留まる性分でもないし、荷物になるものを贈るのはいささか気が引ける。食べ物は晩餐会でいくらでも振る舞えるだろうから、そう思うとやはり邪魔にならないものが良いかと思うんだが、いざ決めるとなるとどうにも目移りしてしまってね」
「じゃあ、それこそ錬金アロマを贈るのはどうでしょう? 旅人さんのおかげでこんなに素敵なものが作れたんだよって伝えられますし、もしかしたら旅の疲れを癒やすお手伝いができるかも」
「ふむ……なるほど、であれば在庫を確認して――」
「せっかくだし手作りにしましょうよ! 設備や材料は揃ってますし、詳しいことならきっと誰かしらが教えてくださいますよ。たとえば……そう、アデリンさんとか」

 思い返すのは、先立ってに贈られた錬金アロマのことだった。
 ディルックの思いやりを受け取ったあの日、言葉にするのも野暮なくらいの感動をおぼえた。手作りであることを至上だと思っているわけではないが、それでも手ずから作り出すことや、オーダーメイドの特別感、そこに込められた感情の強さというものが親しい相手であればひときわだということを、ハーネイアはよく知っている。
 
「旅人さんは人の気持ちを無下にするような人じゃないし、ディルックさんが相手なら尚更だと思います。きっと、喜んでくれますよ」

 満更でもないふうに伏せられたまぶたを、彼なりの肯定だと受け取った。
 あとはどうやって作業の時間をひねり出すかですけど――そう続けると、ディルックはそんなもの容易いとばかりに鼻を鳴らす。どうやら彼の意識はもうすっかりアロマへと移ってしまったようで、今すぐにでもアデリンのもとを訪ねてしまいそうな雰囲気を醸し出していた。

「作業の際は君も手伝ってくれ。どうせなら僕たち二人の気持ちを込めてやりたいからな」
「はい! わたしでよければ、いくらでも」

 ハーネイアの同意を受けて満足げに微笑むディルックは、心なしかわくわくしているようなふうに見える。まるで少年のようでもあるその横顔はひときわに可愛く見えて、ハーネイアもまた笑顔をこらえきれないのだった。

 
2024/05/01