無くて七癖

「先生って、本を読んでるときに爪先をゆらゆらする癖があるよな」

 コレイの勉強を見ている合間の、ちょっとした休憩時間のことだった。
 次はどこを教えてやるかと、ティナリのつくった資料に目を通していたときだ。知らぬ間に俺の足元に目をやっていたらしいコレイが、落とすようにつぶやいたのは。
 出し抜けなそれに顔を上げると、コレイはしまった! とでも言いたげに口元を押さえ、うろうろと視線を彷徨わせはじめる。

「ご、ごめん……! その、咎めたかったわけじゃなくて……」
「ああ、もちろんそれはわかってるぞ。でも俺、本当にそんな癖、あるか?」
「う……うん。さっきもずっと、ゆっくりリズムを刻むみたいに爪先が動いてたよ」

 言われて初めて自覚が芽生えるのが、人の癖というものか。おそらくこれは、まだシティにいた頃、息抜きにグランドバザールへ通っていたせいで身についたものだろう。
 あの頃の俺は、あそこの空気間や流れる歌を日々の癒やしにしていた。彼らの奏でるメロディはいつまで経っても忘れることができず、それらを脳内で何度も繰り返し奏でるうち、こうしてリズムを刻むような癖がついてしまったのだろう。
 理由としては納得がいくものの、しかし、俺ですら気づかないほど些細な――それこそ、足元なんてなかなか目をやる機会もないようなところの癖を見抜いたのが、他でもないコレイになるなんて。俺はニヤけそうになる口元を必死で律しながら、目の前でペンを握っている彼女に声をかける。

「よく気づいたな。他人の癖なんて、なかなか気にする機会もないだろうに」
「えっ……そ、そうかな? あたしは、結構前から薄々――、あ」

 コレイは再び焦ったように目を見開いて、ティナリに渡された「教科書」で顔を隠す。やがて紙束の向こうから漏れてきた「わすれてくれ……」という声はあまりにも頼りなくて、つい吹き出しそうになってしまったが――今の俺は、それを遥かに上回る喜びによって余裕をなくしかけていた。
 ……嬉しかったんだ。些細な癖にも気づいてしまうくらい、俺を見ていてくれたことが。他でもないコレイが俺にそこまでの関心を向けてくれている、その事実で頭のなかがめちゃくちゃになってしまいそうだった。
 コレイが隠れている今なら、少しくらい顔に出してしまっても許されるだろうか――俺は噛みしめるように息を吐いて、赤くなった頬をさする。俺たちの間に横たわる微妙な沈黙は、瞑彩鳥の高らかな鳴き声が聞こえてくるそのときまで、しばらく続いたのだった。

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2024/10/29

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