好きだ!

 胸が苦しい、気がした。ほんの少し前まではただの友達だった彼女を、ただの仲間で、同僚で、かけがえのない、ナニカだった彼女を見るたびに、胸がぎゅうっと押しつぶされるような感覚に陥る。ふわりと風に揺れる豊かな銀髪も、意志の強い花色の瞳も、柔らかで、頼りなくて、暖かいその体も、きっと何だって変わってはいないのに。ありのままの彼女がありのままそこに居るというのに、おれの心だけが痛いくらいに騒いでいる。
 そう、おれも彼女も、何も変わってなんかいない。変わったのは関係だ。つい先日こぼしているのを聞いてしまった、「疲れちゃいました」という一言。元第一部隊の副隊長であり、今は一児の母である、おれもよく見知った人に相談を持ちかけていた彼女は、確かに横顔でもわかるほど疲れ切っていて。その日を境に、おれと彼女の間には大きな亀裂が入ってしまった。
 そうしてやっと気づいたおれは、ひどく滑稽だったと思う。失わないと気づかないのだ、思いもしなかったのだ。いつも彼女からおれに寄り添ってくれていて、彼女がおれを引っ張ってくれていたこと。彼女に話しかける、近づく術を持たないおれは、本当に、本当に子供で、馬鹿らしくて、嘲られても反論なんか出来やしない。そんな資格もない。
「言えなくなってからじゃ遅いんだぜ。おまえの姉ちゃんも言ってたろ」
 ぽん、と背中を押してくれたのは幼なじみのあの人。おれたち姉弟が、3人揃って世話になった、敬愛する兄。人の命の灯を背負う彼が日頃に見せる、任務中とは打って変わって浮かれた姿が脳内にチラついた。
 この手足が動くうちに、この声が届くうちに、取り返しがつかなくなる前に。早くあの子に伝えなくちゃ。はやく、はやく、はやく。そうだ、そう、そうなのだ。考えるよりも先に動くのが、周りなんか見ないで突っ込むだけが、他でもない「おれ」だったではないか。
 気づいたときには、もう。おれの両足はアリサ目掛けて、全力疾走を始めていた。