夕暮れはすぐに終わりを迎える

 愚者の空母から見る夕焼けは、なぜだかいっとう物悲しく見える。空の色なんてどこから見てもそれほど変わりはないだろうに、どうして場所が違うだけでこんなにも見方が変わるのだろう。
 ノルンで探せばわかるのだろうか。あのデータベースには生活の知恵からちょっとした暇つぶし、任務に関する事前知識に至るまでいつも助けられているが……否、しかしわざわざ調べるほど大した疑問でもない気がした。出先で浮かんだふとした疑問を解消するためにわざわざノルンを起動して調べを尽くすというのは、なんとなく成果と労力が割に合っていないというか、「そこまでするほどでもない」というちょっとした面倒くささを芽生えさせてしまう。
 何より、この知識が何か役に立つのかと言われたら――おのれの蓄えになるというのは当たり前として――任務に向けて緊張する後輩たちをちょっとした世間話で和ませてやる、くらいのものだろう。

(そう思うと悪くない気もしてくるが……いや、そもそも今考えるべきことではないのかもしんねえな)

 なぜならタツミは、今まさにオウガテイルの群れを討伐し終えたところなのだから。神機使いにとって最初の関門であるこのアラガミは、しかし群れで襲い来るとなるといっさい気を抜くことなどできない、確かな「脅威」に他ならないのである。
 新人を抱えて挑むオウガテイルはいつも以上に緊迫感のある戦線を繰り広げさせた。幸いなことに死者は出ず、目立った大怪我もないままこの場を切り抜けられたのは、やはりタツミの「勝つよりも負けない戦い」という信条のとおり、経験に裏打ちされた生存能力の高さによるものである。
 
 
 とはいえ――ふと気になっただけの些細な疑問ではあるが、たとえば喉につかえた小骨よろしくふとしたときに気になって、ちくちくと集中を奪われる可能性が無きにしもあらずということを、タツミはおのれの経験によりよく理解している。
 何年か前にも似たようなことがあったのだ。何を気にしてそうなったのかまではもはや記憶にないが、とにかく「何か」が気になって仕方なくて、夜も眠れなくなったことだけが脳にしっかりと刻まれている。翌日クマを作って現れたタツミのことを、コズエのみならずマルコまでもが目を丸くして見ていたことも。
 あんなコンディションでよく任務に支障が出なかったものだ。いくら神機使いの体が強化されているとはいえ、ちょっとした睡眠不足が命に関わることくらい十二分に理解してるはずなのに――あの頃はまだ若さで片づけられるかもしれないが、しかし、今の自分はどうだ。そこまで神経質なつもりはなかったのだが、今もまた似たような状況に陥りかけているあたり、もしかすると此度の任務で想像よりも神経をすり減らしてしまったのかもしれない。
 切り替えは人よりもうまいつもりだ。神機使いとして、第二部隊の隊長として、防衛班の班長として、人を導くべき立場を任されているのだから当然である。
 それなのに、まさかここまでナーバスな気持ちになってしまうとは。珍しく気分が沈んでいることへの自覚が芽生え、タツミは瓦礫の山を横目にしながら、ぐるぐると肩をまわした。
 ――こんなときはヒバリちゃんに会おう。彼女の顔を見れば疲れなんて一気に吹き飛ぶし、あの鈴を転がすような声で奏でられる「お疲れ様です」「おかえりなさい」を聞いてしまえば、もはや寝ずの任務でも差し支えないくらいの活力を、自分は得ることができる。
 何より今日はとびっきりのイベントが自分を待っているのだから、こんなところで沈んでいる暇なんかない。

「……そろそろ帰るか。どうやらこーこたち防衛班のみんなが、俺の誕生日を祝ってくれるらしいからな」

 大きく伸びと深呼吸を繰り返して、タツミは颯爽と踵を返す。愚者の空母の夕焼けは少しずつ宵闇へと姿を変えながら、彼の背中を静かに見送っているようだった。

 
タツミくんお誕生日おめでとう
2023/09/01