ふ、と青い空を見上げる。抜けるようなそれは遥か遠くまで続いていて、このまま真っ逆さまに飛び込んでいけたらと思わずにはいられなかった。
この青い空を、まるで魚のように泳げたら。そうすればきっとこんな鬱屈した毎日から抜け出せて、危ぶまれることのない明日を、なんの杞憂もなく夜を過ごせるかもしれないのに。
――否、それがただの現実逃避であることはわかっている。なぜならこの世はこの極東から遙か向こうのフィンランドまで――それどころかもっともっと、地球の裏側に至るまでの、そのほとんどをアラガミに支配されているのだから。
きっと、この地上に救いや安寧などありはしない。理想郷も、楽園も。そんなこと身にしみて理解しているはずなのに、それでもこの諦めの悪い心はそんな夢想を続けては、どうにもならない現実に深く息を吐く。
「どうしたんだよ、こーこ。お前らしくないぞ」
「タツ……いや、どうもこうもないよ。せっかくのタツの誕生日なのに、こうやって任務に駆り出されちゃってさ」
「はは、まあな。……でもよ、ちっさい頃に比べたら幾分かはマシな誕生日だぜ? 豊かじゃないが食いっぱぐれない程度の食い物もあるし、雨風をしっかり凌げる家もあるんだ」
「それはそうだけど――」
「これ以上のもんなんて望んでたら罰が当たっちまうだろうよ。こーこだって、今年の四月には似たようなこと言ってただろ?」
ぽん、と肩をたたきながら諭されて、結局それ以上何も言えずじまいだった。
けれど、私にとって今日という日はひどく特別な日だ。それこそ自分の誕生日なんかとは比べ物にならないくらいの大切な日。世界で一番大好きな人がこの世界に生まれ落ちた、かけがえのない一日なのに。
確かにタツの言うとおり、今の状況は幼い頃に比べたらまさしく雲泥の差である。飢えに苦しむことはなく、汚いことをしなくたってなんとか生きていけている。反面、アラガミという脅威と戦わざるを得ない立場に置かれてしまっているが、対抗手段のひとつもなかった頃を思えば何倍もありがたいことだ。
それでも、うまく咀嚼できない。仕方ないと思いはすれば、自分を納得させることができないでいる。
「こーこは今も一緒にいてくれるし、テルだってわざわざ俺を祝いにアナグラまで来てくれた。あのハルなんて日付変わった直後に連絡よこしてくれたんだ、文句なんて言えねえよ」
タツはからりと笑いながら、神機を抱えて歩いていく。オウガテイルの屍を横目に見ながら、私もその背中を追った。
真っ青だった空はいつの間にかオレンジ色に染まっていて、焼けつくようなその色にマルコのことを思い出した。……少し前ならそれぞれの誕生日は好きなだけ騒いで過ごしていたのに、今となってはそれもない。もちろん第二部隊や第三部隊のみんなもいてくれるけれど、私たちの心にはぽっかりと穴があいたまま、結局いっさい埋まっていない。
――そうか。妙にくよくよしてしまうのは、マルコがいなくて淋しいからかもしれない。毎日のほとんどを三人一緒に過ごしていた私たちにとって、今日はマルコがいなくなって初めてのタツの誕生日だ。
「……ねえ、タツ」
「うん?」
「帰ったら――マルコのお墓参り、行かない?」
私の言葉に、タツは何を言うこともなく静かに頷いた。
そのまま私たちは装甲車に乗り込み、愚者の空母をあとにする。眩むくらいの夕焼けが目に刺さって、視界がにわかに滲んだ、物悲しい帰路だった。
タツミくんお誕生日おめでとうございます!!ずっと好きです
2022/09/01