空と祝いとオレンジと

「ヘイ、お待ち。こちらいちごのタルトでーす」
 かたん、という小気味良い音ともに置かれた皿には、上等な出来のいちごタルトが盛りつけられていた。
 ぴかぴかに磨かれた真っ白の皿とつやつやのいちごが織りなすコントラストは絶妙で、さっくりと焼き上げられたタルト生地がその美しさを際立たせる。添えられた生クリームが程よい甘さ――もとい、幼なじみの好みぴったりであることには自信があるし、これを口に含んだ彼が太陽にも負けないくらいの笑顔を浮かべてくれることだって、コズエにはすぐに想像できた。
 それくらい会心の出来だったのだ。今日という佳き日に相応しい、自分史上最高ともいえるいちごタルトがここにある。
「――んまい! やっぱこーこの作るお菓子は最高だな」
「ふふん、そりゃもうトーゼンでしょうよ。なんたって今日のために、もうめっちゃくちゃ頼み込んで育てさせてもらったんだもの」
「そう、このいちごな。まさか生きてるうちに自然のいちごが食えるとは……」
 感慨深そうにいちごをつつくタツミが、ぐっと体を逸らせて聖域の空を仰いだ。コズエもそれに続いて同じ空を見上げてみる。きっと、どこか遠くで戦っている幼なじみや弟たちも、こうして同じ空を見ているのだろうと思えた。
 何の危険も孕んでいない、心の底から安心して見ることができる抜けるような青空。幼い頃は不安や恐怖を押し殺しながら見ていたそれも、聖域に立ち寄るうちにある種当たり前といえるようなものになってしまった。平和ボケにはまだ遠いのに、けれどもなんとなく、こうやって危険や破滅というのは忍び寄るのだろうと感じる。
 今日は9月1日、タツミの誕生日であった。ブレンダンたちが気を利かせてくれたおかげでタツミ本人はこうして極東支部を訪れることができているけれど、生憎とハルオミたち他の幼なじみは遠征や出張で間に合わず、ここにいるのはなんとか休暇をもぎ取ることができたコズエだけ。たった2人で祝う誕生日なんて果たして何年ぶりだろうか、コズエはぽきぽきと肩を鳴らして遠い昔に思いを馳せる。
 そう、今も戦っている。こんなふうにのんびりケーキをつついている間にも、彼らはアラガミという脅威と戦い続けてくれているのだ。人と人を守るために。彼らの未来を、つなぐために。
 気づかぬうちに見慣れてしまった聖域の空気やさやけさも、本当は決して手に入れるはずのなかったものなのだから――
「あーやめやめ、湿っぽいのはなしだわ。せっかくのタツの誕生日なのに」
「お、気が合うね。俺も今ちょうど湿ったことを考えてたところだよ」
「だよねー、なんかあるとすーぐ悲観しそうになっちゃったりして。これだから年を取るのってやだわ~」
 くすくすと笑いあって、数拍。タツミとコズエは示し合わせたようにタルトと食器を持ち上げて、聖域の片隅に作られた東屋から立ち去ろうとした。
 ハルオミたちがいないなら。たった2人で祝うくらいなら、自分たちの行くべきところはひとつだ。言葉なんて交わさずとも、アイコンタクトのひとつもあればお互いの考えていることなんて理解できた。
「居住区にケーキなんて持っていくのも酷だけど……やっぱりな。どうせならあいつにも食わしてやりてえや」
 向かうべくは外部居住区。2人にとって特別な、“もう1人”がいるところだ。

 
タツミくんお誕生日おめでとう!!!!
20200901