絵物語と君の愛

夢主が妊娠してる

「ねえ、クロード。このあいだ……そう、ヒルダがセテスさんと一緒に作った寓話の話、聞いた?」
 ふ、と。丸くなり始めた腹を撫でるウィノナが、傍らで読書に勤しんでいるクロードへと問いかける。伏し目がちに微笑む彼女は子を宿して早数節、立派な母親の顔をしていた。
 今日は久々の休みであった。家臣たちが予定を調整してくれたおかげであるが、激務の続く日々に少しでも癒やしを、ということで夫婦水入らずで過ごす時間をくれたのだ。人の厚意には甘えておいて損はないだろうということで、今日は遠慮なくのんびりとした昼下がりを味わっている。
 午前中にはウィノナと二人で散歩したり、談笑にいそしんだり……そういえばゆっくり食事をとるのも久しかったと気がついて、クロードはおのれが多少の無理をしていたかもしれないことを自覚した。
「……ああ、あれだろ。子供向けの絵本かと思いきや、むしろ大人のほうが楽しめるとかって評判の」
「そう。でね、昨日ヒルダから手紙が来て……一緒に送られてきたのよ、その本」
 机のうえにある小包をクロードのほうへ差し出して、ウィノナはどこか懐かしむように微笑った。
 級友のことを思い出しているのか、それとも郷愁の念を感じているのか……彼女の意図の深いところまではわからなかったが、ほんの数年暮らしたクロードですら懐かしく思える誂えのそれに、小さく笑みがこぼれる。ゴネリルの紋章が象られた封蝋を、少しだけ指先でつついてから開いた。
 近年少しずつ浸透し始めた活版印刷の技術にて、昔よりも本のたぐいは量産しやすくなったと聞く。ベレトやセテスの監視の元、ゆくゆくはその技術をセイロス教や貴族以外にも広めていくつもりのようで、もしかするとそう遠くないうちにこのパルミラまで渡ってくることがあるのかもしれない。その暁にはもちろんこちらもこちらでそれに見合うだけの……むしろ凌駕すらするような爆弾を、持っていってやるつもりではあるが。
 ヒルダの手紙曰く、この一冊はその試作品に近いものであるという。おそらくセテスに多少の無理を通し、出産を控えたウィノナへの労い、もしくは応援として送ってきてくれたのだろう。彼女はウィノナと仲が良かった。親しい友人が異国の地で身篭っているという現実は、下手に行き来のできない身分の彼女をやきもきさせたのかもしれない。なんだかんだ面倒みの良い彼女のやりそうなことだ。
 手紙の最後は「生まれたら絶対抱かせてよねー。あと、クロードくんと末永ーく仲良しでいなきゃ許さないんだからー」という、彼女らしい言葉で締めくくられていた。
「はは……うん、なかなかあいつらしいな」
「でしょう? 私もすごく懐かしくなって……この手紙のおかげで、無性にヒルダに会いたくなってしまったのよ」
「落ちついたら会いに行くか? 理由なんていくらでもつけられるし、会合か何かでフォドラに行くとき、お前も連れて行ってやるよ」
「あら、ほんとう? 楽しみだわ」
 くすくすと笑うウィノナの瞳が、心なしか爛々とし始める。このところどうにも沈んでいたようだったから――もちろん妊娠の負担が大きいのだろうけれど――文字通り胸を撫で下ろす心地で、クロードはウィノナの顔を見ていた。
「で、この絵本。ウィノナはもう読んだのか?」
「いいえ、まだ。あなたと一緒に読もうと思って」
「俺と?」
「ふふ……ええ。私とこの子、二人ともにあなたの声で聞かせてほしかったの」
 そう言うウィノナは、先ほどまでの無邪気にも似た様子とは打って変わった甘えた目でこちらを見る。
 そんな顔をされてしまってはもう、こちらが断れないだろうことをおそらく彼女は知っているわけで。あっという間に転がされてしまった自分を少しだけ恥じながらも、クロードは絵本をめくり、その口を開いてみせるのだった。

 
即興二次小説/一時間/小説の小説新人賞
20210404