大海原と波の色

「あなたは、私の知らない世界をたくさん見てきたのね」
 何気なく溢したであろうそのひと言が、なぜだか深く突き刺さった。遠く広がる海を見つめる瞳はまるで視界を写したようにゆらゆらと揺れていて、なんとなくあのたゆたう波のように、どこかへ消えてしまいそうだった。
 彼女の出自を知っている。おおよそ自由とは程遠い生い立ちも、養父から受けていたであろう仕打ちですらもなんとなく。彼女はあまり過去を語ろうとはしないけれど、よくよく見ていれば負った傷のたぐいなんてものは簡単に察することが出来た。その傷の深さや程度であっても、手に取るように、すぐそこにあった。
 もちろんそれが惚れた男の弱みであり強みでもあるとは理解しているし、むしろ誰も彼もに悟られては正直少し困るのだけれど……まあ、みみっちい男のみみっちい嫉妬の話は、今は少し置いておく。
 話を戻そう。だからこそ俺は、彼女に広い世界を見せてやりたい――この広大で果てのない大地を、壁のなくなった自由ばかりの世界を、他でもない自分の隣に立って見てもらいたいと考えた。本当の自由を教えてやりたかったし、夢が叶ったそのときに、隣にいるのは彼女がよかった。たったひとつに繋がれた世界は彼女の存在がそこにあってこそいくつもの彩を持つのだと、もちろんウィノナだって世界の一員であるのだと、彼女に知ってほしかったのだ。
「お前だって見るだろ? 俺と一緒に、これから」
 俺がそう言えば、ウィノナは数度瞳をしばたたかせた後、どこか綻ぶように笑う。
 ――ええ、そうね、あなたとならどこへでも。そう言って目を伏せるすがたはひどく庇護欲をそそるもので、俺は吸い寄せられるように細い体を抱き、頬を寄せるのであった。

 
20201031