幾度も夜明けを越えた先

 彼女が毎晩、名残惜しそうに目を閉じるのを知っている。それは別に幼子の駄々っ子にならうものではなく、ただひたすら闇に落ちるような不安を覚えているからだろう。
 以前、なんてことない談笑の合間にて、ウィノナが「あなたがどこかへ行ってしまうのが怖い」と溢していたのを聞いてしまった。彼女は夜を越えて朝が来たときの絶望を思って杞憂に苛まれている。そう、彼女はもしかするとクロードがいなくなった日のことを、また道が分かたれるかもしれないもしもの日を考えて、頭の片隅でその結末を恐れてしまっているのかもしれない。
 ――そんなわけはないのに。クロードは、自分自身にそんな真似ができないことを理解している。自分の中のウィノナの存在はあまりにも大きすぎて、頼まれたって手放す気はないし、仮に彼女が駄々をこねても離してやらぬと決めている。
 たったひとりの人だと思った。茨と呼ぶのも生ぬるい道を越え、この細い身体中に消えない傷をいくつも負って、それでもなおこうして自分との未来を望んでくれたウィノナという存在は、自分にとって唯一無二の女だとクロードはずっと信じている。
 何よりクロードはウィノナのことを愛していた。愛する人をわざわざこの手から解放してやるほどクロードは優しくもないし、それを許すようなお人好しであるつもりもない。
 けれど人間とは面倒くさい生き物であるがゆえ、一度心に染みついた恐怖はなかなか消えてくれやしないのだ。人生を語れるほど長く生きたつもりはない、けれども年齢以上の経験をしてきたクロードは、おのれの過去や心中を鑑みれば、彼女がどうしてこのような強迫観念に駆られているのかもなんとなく理解できる気がした。
 惜しむように目を閉じた夜。次にその目を覚ますとき、ウィノナはひどく不安そうに両の目をゆっくり開くのだ。揺れるような青い瞳はクロードの存在を認知した途端ほっとしたように微笑んで、まだたどたどしいパルミラの言葉で掠れた声のまま「おはよう」と言う。彼女の口から聞こえる母国語は、赤子さながらの拙さとフォドラの訛りも抜けないというのに、なぜだかひどく甘く聞こえて、クロードはウィノナと共に迎える朝ですらもひどく、ひどく愛していた。
 ――どうすればわかってもらえるのだろう。どうすれば、この胸のうちにある燃えるような想いを、そのすべてを伝えきることができるのだろう。心で触れあうとは果たしてどうすればいいのか、何度夜を経て何度言葉を紡いでも答えらしい答えはなく、むしろ「いなくなること」を恐れているのはクロードのほうかもしれなかった。
「……困ったね、王族の端くれがここまで情けないとは」
 ようやっと小鳥が鳴き始めた程度の朝焼けのなか、薄暗い寝所の片隅にて。未だ眠ったままの妻の頬を撫でながら、クロードは今日もとりとめなく、ぐるぐると思考を巡らせている。

 
20201026