たちまちすっかり和らいで

ゆる世界観の現パロ

『――クロードくん、ウィノナちゃん! おまたせー、ヒルダちゃんが迎えに来たよー』

 インターホン越しに明るい声が聞こえてきたのは、元日の昼過ぎのことだった。モニターを覗くとそこには見知った顔があって、相変わらずの可愛らしさに思わず頬が緩んでしまう。
 受話器の向こうでは懐かしい声がいくつも重なっている。もはやそれだけでこの胸は躍り、浮き足立つような心地となった。

「はは、相変わらず騒がしいな。お前らの声ときたら、この距離でもぜーんぶ筒抜けだぜ?」
『えー? クロードくんにそんなこと言われる筋合いないんですけどー!』
『そうだぞクロード! せっかくこの僕自ら迎えに来てやったというのに――』
「あー、はいはい。わかったよ。すぐに出るから待っててくれ」

 受話器を横から盗み取ったクロードが画面の向こうの旧友たちと話しているのを、ウィノナはすぐ隣で見ていた。
 口ぶりこそぶっきらぼうなふうを装っているが、その横顔は今のウィノナと変わらないくらい――否、それ以上に楽しそうであった。彼もまたこのときを待ちわびていたのだろうことが読み取れて、つられてウィノナも微笑んでしまう。
 普段はあまり顔に出さないよう努めている彼が、こんなにも喜びを顕にするなんて。愛おしい人のレアな姿に、今年一年の運勢を見たような気さえする。
 ひと言ふた言話して受話器を置いたクロードが、どことなく恨めしそうな顔をしてウィノナのことをつついてきた。

「おーい、お前まで何にやけてんだ」
「あらあら……ふふ、ごめんなさいね。あなたがずいぶん楽しそうなようだったから、つい」
「やかましい。……ほら、出るぞ」

 言いながら、クロードはウィノナの頭をかき混ぜ……ようとして、その手をとめた。彼女が今回のために髪の毛をセットしていると思い出したからだろう。
 行き場をなくした右手はやがてウィノナの肩に乗り、再び頬をなでて、そのまま名残惜しげに去っていった。
 
 
 今日は一月一日、つまるところ元日である。
 しかし、今年の元日はウィノナにとってとりわけ特別な日だった。なぜなら今日は、かつて同じ学び舎で机を並べた級友たちが、数年ぶりに揃う日だったのだから。
 在学してきた頃とは打って変わって、自分たちは大人になった。実家を継ぐもの、夢を追うもの、まだまだ学び続けるもの――それぞれがそれぞれの道を歩む過程で、自然と皆が揃う機会やタイミングというものは、すっかり減ってしまったのである。
 そうして、皆の邁進を祝福するかたわらで一抹の淋しさを感じていた頃。ウィノナたちのもとにヒルダから知らせが届いたのだ。「今年は全員こっちに来るらしいから、せっかくだしみんなで一緒に初詣に行かない?」と――

「ヒルダには感謝してもしきれないわね。なんだかんだ言って、いつもあの子がみんなで揃う機会をつくってくれるんだもの」
「そうだな。いつもはめんどくさがって動かないくせに、こういうときだけ張り切って――いや、周りがあまりにも自由すぎて、ついつい働いちまうのかな」
「ふふ……どうかしらね」

 言いながら、クロードはゆっくりと玄関の扉を開く。途端、冬まっただ中の冷たい空気が首元に吹き込んできて、思わず身震いしてしまった。
 玄関の鍵をしっかり施錠したあと、マンションの通路を早足で進み、エレベーターに乗り込んでエントランスホールまで。ガラス越しに見える懐かしい顔ぶれは、皆記憶よりも大人びた造りをしながらも、しかし、ウィノナのなかにある当時の記憶をたちまち呼び起こしてくれた。
 二人が連れ立ってきたことにいち早く気づいたのは、意外というかやはりというべきか――依然としてきらびやかな出で立ちの、ローレンツ=ヘルマン=グロスタールである。

「フンッ、遅いぞクロード! 君たちで最後なのだから、むしろ到着前にここで待っておくのが礼儀というものではないのかね」
「ま、まあまあ……思ったより道路が空いていて、到着が早まってしまったせいもありますから。ローレンツくん、新年早々怒ってるといい年になりませんよ」

 鼻を鳴らして文句を垂れるローレンツと、それを宥めるイグナーツ。ローレンツとはたびたび顔を合わせていたが、久しぶりに見るイグナーツは当時よりすっかり大人びて、精悍な顔つきとなっていた。今は画家として、少しずつ活動の幅を広げているところらしい。

「そうだぞ、ローレンツくん! カリカリしてたら肉も不味くなっちまうし、今日はにっこにこの笑顔でいくって決めただろ? オデ、みんなで肉を食べるのが楽しみすぎて、もうすでに腹ペコになっちまったぞ」

 ラファエルはやはり朗らかだ。学生時代も険悪な雰囲気になるたび彼の力で癒やされて、気づけば皆が笑顔になっている、なんてことが数え切れないほどあった。
 彼自身は実家を継ぐ継がないとか、妹の進路がどうとかでごたついていたらしいが……それをいっさい悟らせない、我らのムードメーカーだ。

「もう、そこの男たちうるさいよ。こんなところで屯してるとみんな困るだろうし、一旦車に戻らないか?」
「レオニーの言うとおりですね。周りに迷惑なんかかけちゃったら、そるこそ新年早々なにやってんだ、って感じですし……」

 騒ぐ男連中に苦言を呈したのはレオニーとリシテアであった。レオニーは遠方へ働きに出ているし、リシテアも実家で静養しつつ復興のために動いているようで、顔をあわせる機会は今までほとんどなかった。二人ともやはり懐かしい顔である。

「んじゃ、戻ろっか! 今日はねー、ローレンツくんがとひっきりの車を手配してくれたみたいだから、すっごく広いし乗り心地も最高だよー! ねーマリアンヌちゃん」
「あ――は、はい。私も、いつもより気分が上がってしまって……少し、わくわくしました」

 相変わらず仲が良いらしいヒルダとマリアンヌが車のほうへさっさと戻っていくのを、皆で急いで追いかけた。
 ヒルダとは今でも変わらず交流があり、とくにウィノナは事あるごとに二人で出かけているくらいだ。親友と呼んでも相違ないくらいの関係を築けているように思う。
 打って変わってマリアンヌと顔をあわせる機会はそれほど多くなかったが、以前よりも明るい顔をしているように見えるのは気のせいではないだろう。たまにヒルダから話を聞いていたこともあり、レオニーたちほど疎遠であった感じはしない。
 ヒルダとマリアンヌの二人につられて、皆がぞろぞろとグロスタール家の手配した車に乗り込んでゆく。黒塗りに薔薇の意匠が施された外装は、それだけでグロスタール家により手が加えられていることがわかる代物であった。
 品の良いドライバーに案内されて乗り込むと、派手ではないがセンスの良い特注品に囲まれて、思わず目がくらむような錯覚を覚えてしまった。座席に貼られている天鵞絨ひとつとっても、クロードの実家くらいでしかお目にかかれないものであることがわかる。
 そこそこの家の養女であったとはいえ、ウィノナはこういった上流の文化や価値に詳しいわけじゃない。結局彼女の根本は庶民で、こうした風景はぼんやりと夢に見るような、手の届かない世界であるのだ。
 しかし、そんなウィノナの価値観であっても理解できるほど車内は壮麗としていて、きらきらと輝いているふうに見えて仕方なかった。
 もはや場違いなようにも思えてすこし居心地が悪い気もするが、しかし、その違和感も級友の醸し出す懐かしさによってすっかり取り払われてしまう。
 ちゃっかりウィノナの隣に座ったクロードは、相変わらずローレンツに絡まれて言い合いを繰り返しているし……それを見守ったり、宥めたり、防寒したりする級友たち。皆の持っているそれぞれのピースが、不格好ながらもきっちりハマって、独特の空気を作り出す。
 皆の笑顔が、声が、明るい空気がここにある。ただそれだけのことなのに、ウィノナの心はたちまち穏やかで、ひどく満たされた気分になった。
 懐かしさとあたたかさ。それから、余るほどの満足感。それらすべてにウィノナもまたすっかり雰囲気を和らげて、ひどく楽しげに笑っていたのだった。

 
書き納めが暗かったので書き初めは明るく……! 2023年もよろしくお願いします!
2023/01/02