広がる空と紅の色

現パロ

 なあウィノナ、オレンジデーって知ってるか――その一言で始まった習慣は、今年で果たして何回目になるだろう。
 正直なところ、オレンジデーというイベントについてはあまり馴染みがなかった。名前くらいは聞いたことがあるな、というくらいで、よもや自分がその当事者になるとは思ってもみなかったから。
 けれどもその他人事のようなイベントも、今となってはそれなりに覚えと意味のある日になった。4月14日の今日という日にクロードと共に出かけるのを、先週から楽しみに待っていてしまう程度には。
「おーおー、今年もなかなかの絶景だな」
「そうね、とっても素敵。……なんだか、毎年のように新記録を更新している気がするわ」
「わかるぜ。年を追うごとに、思い出ってやつが増えるからかね」
 目の前に広がるのは一面茜色の景色。燃えるような太陽が大海原で眠るまでの、目の奥に至るまで焼けつくようなひどく印象的な光景だ。
 ――今年は、少しだけ足を伸ばして隣町まで行ってみよう。クロードがそんなふうに言い出したのは先月末のことだった。
 オレンジデーは東洋の島国の文化であるがゆえ、本来ならば二人にとってあまり関係のないものである。実際ナデルやジュディットですら仔細を知らなかったらしいのだが、クロードはかつて旅行でたまたま出くわして以来、このイベントをいたく気に入ってしまったようなのだ。自国で定着していようといなかろうと関係ない、自分たちの間でやってやればいいじゃないか、そんなことを言っていたのは彼と付き合って三年目の春のことだっただろうか。
 オレンジの花言葉に由来するこの風習は、本来ならば恋人同士がお互いの愛を確かめるためにオレンジ色のプレゼントを贈りあう日であるらしいのだが――その点はこのクロード=フォン=リーガン、人とは少しだけ違う発想をひねり出す男である。
 あの日のクロードは言った。形に残らない贈り物ってやつもいいじゃないか、と。
「夕焼けって毎日のように見るものだけれど、やっぱり今日だけは特別綺麗に見えるわね」
「そうだな。……うん、そうなんだ」
 クロードに貰うオレンジデーのプレゼント。それは、この視界いっぱいに広がる夕焼け空だった。始まりになったあの日からずっと、クロードは毎年必ず夕焼け空の思い出をプレゼントしてくれる。
 とはいえ彼はなかなか多忙な身の上であるがゆえ、実のところそれほど遠出なんて出来やしない。一昨年なんかは自宅の窓から見た何の変哲もない夕焼けであったのだけれど、それでも特別な日に特別な人と見る景色というのは、日常から切り離された独特の美しさや感動をもたらした。
 幸いにも今年はスケジュール調整がうまくいったらしく、こうして隣町のちょっとした絶景スポットまで足を伸ばすことができているのだけれど……こう言ってはなんだが、正直場所なんてものに拘りはない。クロードが隣にいてくれること、去年よりも強い気持ちがここにあること、毎年の約束を守ってくれていること。ウィノナにはもう、それだけで充分だったのだ。
「……クロード」
「うん?」
「今年もありがとうね。――愛してるわ」
 そして、ウィノナからクロードへのプレゼントが何なのかと言われたら――それは、今日だけしか使わないオレンジ色の口紅で、彼に贈るキスなのであった。
 茜空に溶けるようなこのキスを交わすたび、二人は絶え間なく続くであろう日々を確信するのである。

 
オレンジデーの話。いい日ですね
20210414