いつかでもしもの4月1日

現パロ

 
「――子供ができたの」
 随分と久しい二人きりの昼食に舌鼓を打っていた頃、不意に告げられたのはウィノナのとんでもない言葉だ。抑揚のない声で発せられたそれは、談笑もそこそこに和やかな雰囲気を保っていたリビングを一瞬で静かにした。
 うつむきがちな彼女になんのことだと言いかけて、クロードはふと今日の日付を思い出す。本日は4月1日、一年に一度のエイプリルフールだ。
 なんだ、つまりはそういうことかと。質の悪い冗談なんて言うものじゃない、エイプリルフールについた嘘は叶わないといわれているくらいなんだぞと、イベントにかこつけた冗談を軽くあしらおうと思ったとき。ウィノナはまるでクロードの心中を読み切ったかのように口を開くのだ、「そこの時計でも見てみなさいよ」と。
「じ……13時、12分」
「つまり?」
「午後だな……」
 エイプリルフールに嘘をついていいのは午前のみだという風習が局地的に存在していることは知っている。それがこの国にまで適用されるかは微妙なところだが、勤勉で下調べを欠かさない彼女がそのことを知らないわけもなく、つまるところ、彼女は故意に嘘をつこうとしたわけではないのだろう。
 途端、どくりと脈打つ心臓を感じ――クロードは、詰まりそうになった喉をゆっくりと鳴らしてウィノナの次ぐ言葉を待った。もちろん彼女も至って真剣な面持ちである。
「本当はもう少しはやく言いたかったのだけど……ほら、このところお互い忙しくしていたじゃない? こんなふうにのんびり話せる機会がなかなかなくって」
 だから……ごめんなさいね。
 そう伝えるウィノナは少しだけ眉を垂れ下がらせていて、クロードは嵐さながらに吹き荒れるおのれの心中を悟る。……父になるのだ。誰よりも愛おしい彼女とのあいだに新しい命を授かって、二人だけの家族にあらたな光が射し込むのを感じる。一度飲み込んでしまえばたちまちそれはこのうえない自覚と喜びにあふれ、思わず跳びはねて彼女を抱き上げてしまいそうになった。
 いや、しかし、これではダメだ。これから自分は夫から父へと変化して、ひいては一家の大黒柱になるのだから、飛んだり跳ねたりといった落ち着きのない振る舞いは控えるべきだろう。それでなくとも家を継ぐという関門すら近づいているのだし、ここで大げさに騒ぎ立てるのもよろしくない。
 ごほん、とひとつ咳払いをして、クロードはじっとウィノナを見据える。
「……とりあえず、飯食い終わったら産婦人科行っとくか」
「ふふ……そうね」
 クロードの言葉を受け、不安そうな顔を少しだけ明るくしたウィノナ。彼女も彼女で思うところはきっとあって、たとえ数日だとしても一人で抱え込ませてしまったことをクロードは恥じる。
「これからは……そうだな、たとえ忙しくてもちゃんと話し合う機会をつくろう。お互いのために」
 頬をなでながらそう伝えると、ウィノナは安心しきったように微笑み、ゆっくりと頷いたのだった。

 
エイプリルフールでした
20210401