手繰りし緒の先にあり

転生パロ
 

 夢に見るほど恋い焦がれた、たった一人の女がいる。
 それはどことなく朧気で、けれどもひどく鮮烈ないつかの記憶がもたらしたものだった。和気あいあいとした学び舎、二人だけの逢瀬、血なまぐさい戦場、やっと掴めた細い手。そのどれもがこの胸を強く揺さぶって、そして彼女を思い出すたびに「はやく会いたい」と想いを募らせた。
 この夢の正体。ひと言で表すなら「前世の記憶」というやつだろうか。他人と言うにはあまりにも近く、妄想と言うに判然すぎるこの記憶は、クロードに人とは少しだけ違う人生の歩み方を教えてくれた。
 見つけなければいけないのだ。一人でいるのが好きではなくて、脆いくせに強くあろうとしていて、愛しい人のためならなんだって擲ってしまえて。そんな彼女を探し出すことは、限りあるこの一生に与えられたある種の使命であるとすら思われた。
 物心つく頃にはずっと脳裏にこびりついていた彼女が、もし、もしも他の男の手に渡ってしまっていたら。そのときはもはや気でも狂ってしまいそうだと、クロードは未だ会ったことがないはずの、けれども顔と名前とぬくもりをよく知っている女をずっと追い求めている。
 そして、そのひどく焦がれた背中によく似た「誰か」を視界の端に入れてしまった今。この機を逃してなるものかと、もつれそうな足を振り切って、人混みのなかをかき分けている。

 

 ――やっと見つけた。いきなり囁かれたその声は、初めて聞いたはずなのに代えがたい安心感をもたらした。
 雑踏はびこる往来で、顔も名前も知らないはずの「誰か」に抱きしめられている。汗だくになって、息せき切ってやってきた彼は自分の体をキツく閉じ込めたまま、たとえ今さら何をやっても離してくれそうにはなかった。
 ……知っているのだ。否、思い出したとでもいうべきか? 今この体を抱いている彼がひどくしつこくて諦めが悪くて、皮肉屋なくせにとてもまっすぐで輝いていた人だということを、ウィノナは魂に染みついていた記憶を手繰るように、その身にしみて感じている。
 途端、腹の奥から湧き上がるような感情の波がおのれを襲った。会いたかった。会いたくなかった。そばにいたかった。邪魔になりたくなかった。隣にいると安らいだ。「さよなら」をずっと練習していた。怒涛と言うに相違ない波はやがてウィノナの情緒を刺激して、この両の目からほろほろと、熱い雫を溢れさせる。
 今まで何も知らなかった自分を恥じるかのように、もはや人目なんてそっちのけで今すぐ声をあげて泣いてしまいたかった。産まれたての赤子が母を求めて泣くように、ともするとおのれは今この瞬間に生まれたのではないかと錯覚するほど、今ウィノナの視界に広がる景色はきらきらと煌めいて見えた。
「わ……私も。会いたかった、とても」
 ぎゅう、と彼の――クロードの背中に手をまわし、その厚い胸を抱き寄せる。相変わらず強い力で抱きしめられたままであったが、自分からもせめて、もっともっと距離をつめてひとつになってしまいたかったから。あの頃のような剛力はないけれど……否、だからこそ力いっぱい彼を抱きしめることができる、こんな幸せがあるだろうか。
 クロード、と名前を呼ぶ。どうした、とささやく声はとても優しく、そして彼もまた声を震わせているようだった。
「愛してるわ」
 まるで、その一言が合図のように。二人は少しだけ体を離して、そしてゆっくりと顔を近づけ、飽きるほど交わしたはずの「はじめて」のキスをする。
 湧き上がった歓声もやっかみも静止の声も、もはや何にも耳に入らない。クロードとウィノナは、今だけはたった二人の世界でお互いだけを胸いっぱいに感じていた。

 
20210219