文章

「変わらぬ恋」

 目を疑っタ。足元がやけにふらついて、呼吸すらも忘れてしまいそうになっタ。例えるなら、まるで天地がひっくり返るような感覚……だろうカ。 あるはずのない存在がいたんダ。否、「存在」ではない、ただの「色」。セルフィアならまだしもこのリグバースで…

牙城の欠片を打ち砕く

 マリィに様々を吐露して、数日。わたしは自室でまったりとくつろぎながら、先日導き出した結論を反芻する傍らで、ぼんやりとマサルのことを考えていた。 しかし、どれだけ頭をひねってもマサルの真意はわからない。彼がどうしてわたしのことを見てくれてい…

切り開かれた世界

 ――きっと、気になってるんだと思う。同期としても、友だちとしても……それから、一人の女の子としても。  マサルの言い放ったあの言葉が、いつまで経っても離れてくれない。それはわたしの鼓膜や脳みそにすっかり貼りついてしまったのか、寝ても覚めて…

今日も平和な一日に

 ここ数年、アカツキワイナリーではデザートのバリエーションが一品増えた。 否、増えたと言っても別に新しいレシピを開発したわけではなく、とある料理を出す機会が特段に増えた、というだけだ。モンドに古くから伝わる伝統的なそのレシピは、ワイナリーの…

しあわせを辿る景色

『親愛なるへ よう、元気してるか? ……なんて、ついこの間返事をもらったばっかだし、さすがにちょっと心配しすぎか。 オレのほうは特に問題ないぜ。つーか、むしろ良いことずくめなんだよ、マジで! ほら、オレって今年の海灯祭で獣舞を披露しただろ?…

ふたりで歩む未来

「お姉ちゃん、本当にいいの? 嘉明お兄ちゃんとお話したいことがあったんじゃ……」 未だ興奮冷めやらぬまま、小さな手を引いてその場を後にした。 今日は海灯祭の当日。そして、嘉明の獣舞が終わった直後である。私は漱玉の手を引きながらすっかり暗くな…

苦く見送る背中

 嘉明の家出から早数年。結局、あれ以来嘉明が帰ってくることはなかった。遺瓏埠で鏢師として働いているという噂こそ耳にするものの、私の前に姿を現したことはない。 けれど、この村に立ち寄っていないわけではないのだ。なぜならふとしたときに気配を感じ…

心をふるわす願い

 私の父である李偉は、沈玉の谷に古くから伝わる武術・巴旦派の直系かつ正当な後継者である。門を開いて派閥を広げつつも世襲の道を選んだ巴旦派は、細々とではあれど千年近い歴史をこの土地とともに歩んできた。 私は李家のひとり娘だ。つまるところ、この…

ひとり届かぬ手紙

 今日も今日とて、私たちは共に研鑽を重ねていた。 嘉明は獣舞劇、私は武術の修行――お互い分野は違えども、こうして二人で鍛錬することは良い刺激になるし、お互いの動きを取り入れることでより成長することができる。 日が昇ってから暮れそうになるまで…

涙を乾かす猫騙し

 あれから私たちはあっという間に仲良くなり、気づけば家族ぐるみでの付き合いができるくらいになっていた。 とくに嘉明のお母さんと私のお母さんが意気投合しちゃって、私たちを理由にしてお泊まりだのお出かけだのとあれこれ約束を取りつけるまでになって…

テラスドアの向こう側

 わし、わし。プクリンに日課のブラッシングをしているあいだ、後方から並々ならぬ視線を注がれつづけていた。 犯人は言わずもがなユウキである。方向から察するに、おそらくユウキはリビングのソファに腰かけて頬杖でもつきながら、あたしのことをじっとり…