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ないよ、ないない(夢100/ビッキー)

「ああ、もう、仕方ない子だねえ」 2日ぶりに泊まる、屋根のある宿。雨が凌げてよかった。しとしとと静かな雨が降り注ぐ音をかき消すように、部屋の中に威勢のいい声が響く。 軋むような音を立てる粗末な椅子から立ち上がり、いくつも上背のある男の髪をか…

無題(夢100/リッツ)

ずいぶん目立つ金髪よね。ふと呟いたは、訝しげな目でオレを見ている。キミほどじゃないと思うと言えば、けれどもどこか納得がいかないように頬杖をついたまま唸った。逸らした瞳が色を変える、唯一無二のアイオライト。くるくると色彩を変える彼女の様が、オ…

無題(夢100/トール)

分厚くなった手のひらを重ねる。鮮血を浴びたぬくもりは、すぐに体温と溶けあっていった。2人で下した脅威の獣が、女の長い髪を喰ろうてその場に伏している。ちぎれた金糸は血にまみれ、もはや異物に変わりなし。男は言う。帰ろうと。在りし日の想い出をだぶ…

無題(夢100/レジェ)

――。そう呼ぶレジェの声は優しい。あたしの耳をくすぐるそれに、ぼんやりとした意識がさらに微睡んでゆくようだ。あたしを膝に乗せたレジェが、ゆっくりと背中を撫でてくる。子供やペットにするような手つきに少しムカついた気はするけれど、抗えない眠気の…

あつい手のひら(夢100/トール)

※嘔吐描写 --- 「う……ぇ、」 びしゃ、と音を立てて吐き戻された胃の内容物。先程まで暴れまわっていたモンスターのうえに飛び散るそれは、戦いの凄惨さを何よりも物語っていると思う。目を伏せるトールは頬を撫でる風に意識をそらした。小高い丘には…

きらめく稲妻(夢100/リッツ)

「リッツ」 ふ、と。唐突に声をかけられて、リッツは反射的に振り返る。 ここは精霊の国セクンダティ、トニトルス。そよ風が木々を揺らす風景のなか、人混みの向こう側に小さなグラデーションが見えて、リッツはうんと目を細めて笑った。小柄な少女を見失わ…

さらわれる城、花のひとひら(薬研)

 大将の、泣いている顔が好きだった。 人前で恥をかくまいと気丈に振る舞う姿は時に痛々しく、庇護欲を掻き立てられると同時に加虐心をそそられるのもまた事実。触れれば壊れそうなほどに脆い、さながら幼子を思わせるその小さな背中を撫でるのか、抱くのか…

「特別」(獅子王)

 畑仕事は、好きじゃなかった。 そんなことをする暇があるなら、ひと狩り行って猪でも何でも捕ってきたほうが腹の足しになるだろうと思っていたし、野菜類があまり得意でないこともあって、土いじりでドロドロになることへの拒否感もひときわ強かったんだと…

君を想う、ゆえに。(薬研/獅子王)

「お姉ちゃん、最近紫好きだよね」 深夜。本丸の片隅に宛てられた私室にて、所属する刀剣男士の談義を行っていた最中。やれ誰が美しかった、やれ誰はイマイチだったなどと、独自の採点を交えながら話していた折、ふと発せられたの一言に、は大きく目を見開い…

面白いよね(鯰尾)

 大広間の片隅で、机の上に置かれた皿の、真ん中に鎮座する三角の物体をぷすり。確か「フォーク」と言ったこの食器は、こういったおやつを食べるのに適していた。 今か今かと、まるで親鳥を待つ小鳥のように落ち着かない妹へ、ひとくち。あーん、を合図にし…

ああ、炎が。(鯰尾)

 あつ、い。 ぽつりとこぼしたその一言が、敵と対峙する最中の、いやに静かな地下の空気に反響する。鯰尾たち第一部隊の面々が、彼女の呟きという名のSOSに気づいて振り返った頃にはもう、はその場に膝をついていた。「う゛ぇっ……」 泥だらけの地べた…

こんなことすら(鯰尾)

 俺がこの本丸で呼び起こされたのは、粟田口の兄弟のなかでもかなり後のほうだったと思う。 本丸全体で見ても2番目に古株であるという乱と、主さんと特に親しい仲であるらしい薬研を筆頭に、弟たちから人としての生き方を教わった。箸の使い方、夜の眠り方…