モフモフの夢

「あの二人、本当に仲が良いですね」

 じわじわと冬の足音が聞こえ始めた、秋の月24日のこと。
 客人であるフレイと談笑に励むかたわら、ふと窓の外に目を向けたフォルテは落とすようにつぶやいた。リラックスティーが並々と注がれているティーカップが、机に置かれた拍子にかちゃりと控えめな音を立てる。
 彼女の視線の先にあるのは実弟であるキールと、近ごろ彼と懇意にしているグリシナだった。ほんの一瞬目の端に入れた後ろ姿ですら、彼らの仲をこのうえなく証明しているようである。
 グリシナは少し前に隣の鍛冶屋に居候し始めた女性で、怠けてばかりのバドの世話をたびたび焼いているらしい。バドの様子を見るのはキールの役目であったため話す機会は自然と増え、年齢にしては小さいとか家事が得意であるとか、数え切れないほどの共通点を見つけるうちに当たり前のように仲良くなった。
 とはいえ最近はキールの天然に振りまわされているグリシナのすがたを散見するような気がするのだが――彼女自身それすらも楽しんでいるように見えるので、きっと二人のやり取りもダグやディラスの問答に並ぶセルフィア名物となるだろう……というのがこの町の人間の所感だ。
 だが今日の二人はくすくすと仲睦まじく笑いあっているだけでなく、人目があるというのも構わず手を繋いで歩いているのだ。風紀が乱れるからやめろ、なんて堅すぎることは言わないながらも、恋人同士でもないくせにそれはいったい如何なものかと。キールもグリシナも幼く愛らしい容姿をしているためスルーされがちなのかもしれないが、よく考えずともあの二人はれっきとした大人なのに。
 もちろんフォルテも弟の下手を放っておくつもりなどないので、以前それとなく苦言を呈したりもしたのだけれど――友だちと手をつなぐことの何が良くないのかというごもっともな返答により、結局それ以上踏み込んで話すことはできなかった。
 フォルテが放っていたある種の熱視線を察したのか、フレイは同じように窓の外へ目をやり……そして小さく微笑んだ。

「そういえば、昨日も二人でモコモコと遊んでいましたよ」
「モコモコと……? あの種族は比較的大人しいので危険は少ないかもしれませんが、それでもモンスターであることに変わりはないのに」
「それはそうなんですけど……なんでも、モコモコの落とした毛刈りバサミをバドさんに鍛えてもらったらしいです」
「けがッ……ど、どうしてそんなことを……!?」

 飲みかけのリラックスティーを吹き出しそうになりながら、フォルテはフレイの言うことに思わずツッコミを入れてしまった。げほ、と咳き込む背中をさすってくれるフレイが、半ば諭すようにゆっくりと事の顛末を話す。普段の騎士然とした振る舞いからかけ離れた姿を見せてしまったせいだろうか、その声は少しだけ震えているようにも思えた。

 彼女は……グリシナはモンスターと仲がいい。仔細はフレイも知らないようだが、なんでもその生い立ちにちょっとした秘密があるのだと言う。
 ゆえに彼女はモコモコやチロリといった大人しいモンスターたちとよく遊んでいるらしく、時々キールもそこに加わっているのだと。そして昨日、その戯れの最中にあるモコモコが落としたのが、錆びついた毛刈りバサミだった。
 ぽとりと落ちたそれを見るモコモコの目がどことなく悲しそうで、二人でその是非について話し合っているうち、「もしかするとこの毛刈りバサミを直してほしいのかもしれない」というところに落ちついたらしい。結果、二人は親しいバドに鍛冶を頼んだのだそうだ。
 最終的には持ち主と思しきモコモコに返すこともできたし、なんとなく嬉しそうにしていたので一件落着といったところか。今回の件は二人にとってひどく楽しい出来事であったらしく、今朝出会ったときにはまるで武勇伝のごとく嬉々として話してきたのだと、フレイは噛み砕いてそう語る。
 そういえば、今朝はキールもなんとなく機嫌が良かったような気がする。そして、早くから用事があったせいで落ちついて話をする暇もなく家を出てしまったことも一緒に思い出した。思い出して、しまった。
 途端、家族の会話をおざなりにするなんて姉失格なのではないかと思い至り……おのれの不甲斐なさを嘆き、フォルテは唸りながら頭を抱える。

「ふ、フォルテさん……?」
「すみません……いえ、キールのことで落ち込んだわけではないのです。自分があまりにも情けなくて……」
「ええ!? えっと……あ、キールくん!」

 刹那、かちゃりと玄関のドアが開く。おそらくキールが帰ってきたのだ。
 キールにまでこんな様子を見せてたまるかと、フォルテは唇を引き結んでいつもどおり顔を上げる。けれどそこに待っていたのはキール本人などではない、今にもこぼれ落ちんばかりの真っ白な毛の塊だった。
 グリシナと思われる物体と共にやってきたキールのようなものは、なぜだか両手いっぱいにモコモコの毛を抱えている。もちろんグリシナも負けず劣らずの量を携えていて、ともすれば二人とも前が見えていないのではないか、と思えるほど。
 案の定なにも見えてないキールのようなものは、半ば探るような様子でこちらに声をかけてきた。

「えっと……その声、もしかしてフレイさん?」
「そうだけど……ねえ、そんなにたくさんのふわ毛、いったいどうしたの? ……あれ、ふわ毛じゃなくてふわふわモフモフ毛、かな?」
「昨日のモコモコがお礼にってくれたの! でもね、あの子たちよっぽど嬉しかったみたいで、群れのほとんどに声をかけちゃったっぽくて」

 フレイの問いかけに答えたのはグリシナだ。彼女はうんと声を明るくし、どことなく誇らしげに話をする。

「で、私たち二人じゃとてもじゃないけど使い切れないから、とりあえずキールのお家に持って帰って、フォルテさんに相談しようってことになったの」
「ねえねえお姉ちゃん、みてよこれ! こんなにたくさんのふわふわモフモフ毛があったら、きっと可愛いぬいぐるみが作れるよ。お姉ちゃんの好きそうなやつ!」

 玄関脇に山盛りのふわふわモフモフ毛を積み上げながら、キールとグリシナは口々にそう告げる。べらべらとフォルテの秘密を話すキールに耐え切れずフォルテが止めに入ると、キールはにこにこと笑いながらフォルテにふわふわモフモフ毛を見せ、それらの使い道について語り出した。新しいお布団にしてもいいし、お洋服を作ってもいいな……あ、ドルチェさんに相談してみようかな? 次から次へと、夢のように広がるキールの話は聞いていてまったく飽きが来ない。むしろワクワクとこの胸を高鳴らせて仕方ないほどで、いつしかフォルテはおのれが落ち込んでいたことすら忘れてしまうほどだった。
 次の日、大量のふわふわモフモフ毛に興味を持ったバドによってほんの一瞬悪用の手が伸びてきそうになるのだが――それはまた、別の話である。
 

20210413