意味のある一瞬

「――ウェンティ、やっと見つけた……!」

 それは、囁きの森でぼうっと過ごしていた昼下がりのことだった。ゆっくりと迫ってくる空腹の気配をごまかすように慰めていた頃、ぜえ、ぜえと息を荒らげた少女が、突如視界に飛び込んできたのだ。
 不意の来訪に吟遊詩人は瞳を幾度もしばたたかせ、モンドの風をたっぷり蓄えた双眸が太陽によってきらめいた。
 どうしてここへ? 訊くのはやめた。彼女の身なりを見るに、何らかの理由を持ってやってきたのが明白だったからだ。無駄なことはするまいとして、吟遊詩人は――ウェンティはただ静かに、彼女の息が整うのを待つ。
 そうして深呼吸を繰り返した少女は、やがていつもどおりのゆったりした語り口で「誕生日おめでとう」と口にする。想定どおりでも予想外でもあるそれのおかげで、ウェンティは再度まばたきを繰り返す羽目となってしまった。

「あれ……ボクって、君に誕生日教えてたっけ?」
「ううん、全然。ただね、旅人さんとパイモンちゃんが教えてくれたんだ」

 言いながら、少女は――ハーネイアは、ゆっくりとウェンティの隣に腰を下ろす。座っていい? とお伺いを立てないのは、きっと彼が断ることをしないと無意識に理解してしまっているせいだ。
 彼女は片手に提げていたバスケットをいそいそと開き、中身をそっと見せてくる。蓋を取った途端に広がる芳香はウェンティの興味と空腹を加速させ、感嘆の声まで挙げさせた。添えられているボトルも要因の一つだろう。

「わあ、美味しそうなアップルパイ! それから、こっちは蒲公英酒だね」
「ディルックさんが持たせてくれたの。今日は特別な日だからって。……ね、一緒に食べよう。この蒲公英酒もね」
「いいの!?」
「もちろん。だって、ウェンティのために用意したんだもん」

 言いながら、ハーネイアは嬉々として乾杯の用意を始める。食べやすく切り分けられたアップルパイを並べ、グラスには蒲公英酒をなみなみと注いだ。
 モンドの風を浴びながら飲む酒は筆舌に尽くしがたく、何より隣にいる彼女はウェンティにとってかけがえのない“友人”だ。だからこそ乾杯のときが待ちきれないし、目の前のちいさな宴に今にも飛びついてしまいそうになっている。
 かつての友人の面影を持つ彼女とのひと時は、ウェンティにとってひどく特別な、意味のある一瞬に他ならない。
 

2023/06/16