真面目だなあ、過ぎるほどに

 静謐な雰囲気すら漂う図書室で聞こえてくる、控えめな息吹の音。ぱら、ぱらりと、呼吸よりもゆっくりと繰り返されるそれは、僕の右方で静かに鳴り響いていた。
 ――否、“鳴り響く”なんてほどじゃない。公演の原典を学ぶ創司郎が、熱心に本をめくっていただけだ。

 伏し目がちに文字の羅列を追っているものだから、目立たないながらも長いまつげが頬に影を落としているのが見える。窓から射し込む日光に照らされたひとつひとつが煌めいて、ひどく神聖で、触れがたいもののようにすら感じてしまった。
 ――この手でめちゃくちゃにしてやったくせに、今頃こんなことを思うなんて。あまりにも自分勝手が過ぎると、みっともない自嘲が漏れそうになった。

「……ぁ、す、すみません。僕、うるさかったでしょうか?」

 突き刺さるような僕の視線を感じたのだろう、創司郎は少しだけ眉を寄せて、申し訳なさそうにささやく。はた、と持ち上がった瞳は紺色のきらめきをまっすぐ僕に向けてきて、その事実が心地よい。
 周りに人の気配は感じられなかったが、図書室というシチュエーションがそうさせるらしく、隣に座る僕にギリギリ届くくらいの声量で言葉を紡ぐ創司郎。腐ってもユニヴェールの生徒であるのだから、声量を操るのは容易いことだ。
 劇場の端から端まで響くようなそれではないが――しかし、しっとりと染み渡るような声色は、寝物語を求めてしまいそうになるくらい、僕の心を穏やかにさせる。

「……まったく。むしろ、静かすぎてびっくりしたくらいだけど」

 言うと、創司郎は安心したように顔を綻ばせて、目の前の書籍に再び意識を移した。
 もう少し僕のことを見てくれてもいいのに、なんてみみっちい嫉妬心をぶつけるのは部屋に帰ってからにしよう。せっかく勉強に励んでいるのだから、それを邪魔するのは先輩としてあまりにも不躾で情けないことだと、さすがの僕もわかっている。
 わかってはいる、けれど。それでも、じわじわと這い上がってくる「おもしろくない」という感情が、僕の右手をすぐにでも動かして、要らぬちょっかいをかけてしまいそうになった。

(本当にどうしようもない人間なんだな、僕は)

 創司郎の気を散らすことがないように、自嘲をすんでのところで耐えて、軽い嘆息に抑え込む。ひくり、と本に添えられた左手が跳ねるのが見えたが、僕が黙っているままだったせいか、すぐに意識は離れていった。

 ……うるさいなんてとんでもない。おまえがそこにいるから、おまえの鳴らす音だからこそこの耳が敏感に拾ってしまうのだと――そう言ってみせたとき、この子はいったいどんな顔をするのだろう。
 そんなことばかりを考えながら、僕は静かな図書室の片隅で、創司郎の息吹を感じている。目の前に開いている舞踊の本はどうにか数ページめくったくらいで、結局ただのひとつでさえも頭に入ってこなかった。

 

あなたが×××で書く本日の140字SSのお題は『図書室の片隅』です
https://shindanmaker.com/613463

SSにしては長すぎたものを調整してこちらにあげました
2022/08/28