湯けむりの奥

 ――するり。
 細い肩に指をすべらせてやると、くすぐったそうに身をよじるリナリア。少し前ならなにするの! と怒られていただろうに、ここ数年でぼくの突飛なスキンシップにもすっかり慣れてしまったようで、過剰に拒否されるようなことはなくなった。
 少しだけ残念ではあるけれど、まあ、とりわけタイミングをうかがったりせずとも触れられるのはありがたい。リナリアの柔らかくて滑らかな肌に触れるのはとても気持ちがよくて、叶うなら四六時中触れていたいと思うほどなのだから。
 首筋、肩、二の腕に差し掛かるあたりまで何度も指を往復させる。さすがのリナリアも怪訝に思い始めたのだろう、ボディタオルを泡立てる手を止め、ぼくのほうに目を向けた。

「マサル、どうかしたの?」
「うん? いや、残ってるな、と思って」
「なにが?」
「キスマークとか、歯型とか。いろいろ」

 途端、リナリアは手のひらをすばやく肩に持ってゆき、あからさまに慌て始めた。そのままほとんど曇って見えない鏡の前に向かい、ごちゃごちゃと何か言っている様子だ。
 シャワーをあてて鏡をきれいにしたあと、例のものを確認したらしいリナリアはきゃあ、と小さく声をあげる。鏡と肩を交互に見て、やがてううと唸りながらこちらを見た。
 また着る服を考えなきゃいけないとか、消えるまで時間かかるんだよとか、そんな不満はもうとうに聞き慣れたことだった。

「ぼくにこういうことされるの、いや?」
「いやじゃないけど……ただ、つける場所を考えてほしいなって。せめて見えないところに――」
「見えないとこにもたくさんあるよ」
「そうじゃなくて、もう!」
「わぷ……」

 突如浴びせかけられたシャワーに無理やり口をふさがれる。鼻に入った温水に唸るぼくを尻目にリナリアはそそくさと体を洗い始めていて、なんとなく気恥ずかしそうにしている横顔がとても可愛かった。
 同棲を始めた頃は消極的だった混浴だが、これもこれでスキンシップと同じくもう慣れっこであるらしく、今更もう見るなとかなんとか言われることはない。さすがにジロジロ見すぎると先ほどのようなシャワーの洗礼が待っていたりするけれど、お怒りまでの時間もだんだんと余裕がでてきているような気がする。
 ……そういうときに気づくのだ。ああ、ぼくは今リナリアにひどく心を許されていて、そして、このうえなく愛されているのだと。

「ねえ、リナリア」
「なあに?」
「大好きだよ」

 とはいえ、ぼくがこうして突拍子もなく吐き出す愛の言葉に関しては、まだまだ慣れてくれないようで。
 オクタンにも負けないほどまっかっかになって顔をそむけてしまうリナリアを見るのが、実のところ、最近のぼくの楽しみであったりする。

「そういうところが、可愛くて仕方ないんだけどね」

 
いい風呂の日でした
20211126