踊る文字列

 乾コズエという人間は、ひどく気さくで付き合いも良く、老若男女に好かれている。
 極東支部のみならず外部居住区の子どもたちにも一定の人気があり、恐怖で縮こまる子どもたちを相手しては笑顔にして帰っていく、ある種のヒーローじみた人間でもある。神機使いだからといってお高く止まることもなく、時には子どもたちと同じような視点に立ち、彼らに混じって泥だらけになって遊んでいたりもする――そんな、ある意味で理想的とも言える人間が、乾コズエという神機使いなのだ。
 こうした気安い性格だからこそ、彼女は子どもたちからイタズラをふっかけられることが多々ある。叩けば鳴るおもちゃと言うと少し乱暴かもしれないが、何か仕掛ければ期待どおりのリアクションが返ってくる、そういった面も彼女が標的にされやすい理由のひとつなのだろうけれど――

(質が悪い……わけじゃねえ。俺が横入りするのも、なんか違う気がするしな……)

 タツミは頭を悩ませていた。目の前を歩くコズエの背中を、じっとりした目で見つめながら。
 今、彼女の背中には一枚の落書きが貼られている。昨今なかなかお目にかかれない「紙」を使ったイタズラであるところを見るに、犯人はおそらく極東支部内でもそれなりの地位にある人間か、もしくはその子どもだろう。
 紙にはひと言、こう書かれている――「本日二時間寝坊しました」と。もちろんそれは真っ赤な嘘で、コズエは今日もしっかりと五分前行動を守っている。
 ……正直、ちょっと面白いのだ。コズエがこんなイタズラを仕掛けられている現状も、それを見ながら妙に思い悩んでいる自分自身も。何より、自分でこのイタズラに気づいたときのコズエの反応が見たい気がして、あえて自分からは指摘したくないという気持ちもある。人通りの少ない通路を歩いている、というのも理由のひとつとして挙げられるだろうか。
 そういった様々な事情と自分勝手な理由により、タツミは目の前で踊る少しだけ崩れた文字列を半笑いで見ることしかできずにいるのだった。

「早く気づいてくんねーかな……」
「え? 何か言った?」
「いんや、何でも」

貴方は×××で『そろそろ気付いてよ』をお題にして140文字SSを書いてください。
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2024/10/05