この堅物女……!

 近頃、兄さんは私に対して意地の悪いことを言う回数が増えた。揚げ足をとるような下品な真似こそしないものの、どうにもからかわれることが増えたというか、いわゆる「イジリ」を受けることが増えたというか……
 けれど、それも仕方のないことだ。兄さんの目から見れば、私は兄さんや故郷の山林を捨ててまで九条家に下った、ある種の裏切り者のように映っているのだろう。そういったそしりを受けることも覚悟のうえで私は「九条裟羅」となったのだから、何かを言う資格はない。
 とはいえ、いくら覚悟を決めているといえども、私だって何も思わないわけじゃない。兄さんの目を見るたびに在りし日のことを思い出してしまうせいだ――私がまだ「九条裟羅」ではなかった頃、兄さんは今より何倍も優しかった。いつも一緒に遊んでくれたし、怖い夢を見て眠れないときには、私が寝つくまでずっと手を握ってくれていた……あの優しさをもう受けられないのかと思うと、一抹の淋しさがよぎることもある。

「おう、妹よ。帰ってきたか。どうした、また九条の人間にいじめられたのか」

 今日だってそうだ。兄さんは私に対して少しばかり鋭い目を向けて、からかうようなことを言う。
 しかし、私個人に対してならまだしも、恩義のある九条の家まで貶されるのはいただけない。

「九条家のことを悪く言うのはやめてくれ。私のことなら何とでも言ってくれて構わないが、今は九条家は関係ないだろう」
「ハハッ、そうかい。相変わらず忠誠心がお高いようで」
「九条家には恩がある。……兄さんは私のことを恨んでいるのだろうが、せめてあの家は――」

 言いかけて、思わず言葉を切ってしまった。眼前に立つ兄さんが、驚愕に染まった目で私のことを見てきたからだ。やがてそれは怪訝そうな色に変わり、ちいさく「マジかよ……」というひと言のみ溢させた。

「妹よ……」
「なんだ」
「お前、ほんとに、びっくりするほど堅物なんだな……」
「何のことだか理解に苦しむが……まあ、どうとでも言えばいい。何を言われても覚悟はできている」
「ハア……」

2024/10/04