ちいさな島の森の奥

現パロ、あつ森やってる世界線

 ここ数ヶ月、ハーネイアはとあるゲームに夢中になっているようである。僕自身はあまり触ったことのない部類だが、牧歌的な雰囲気はあの子によく似合うもので、熱中するのも頷ける。
 しかし、最近はその度合いがやけに目立つようになってきた気がする。普段こういったものに夢中になるイメージではなかったのもあるだろうが、その様子がどうにも気になって仕方がないのだ。
 娯楽を楽しむのは良いことだが、僕と一緒にいるときまで気をとられているのはどうなんだと狭量な自分が顔を出す――有り体に言うなら、僕はこのちいさな機械に嫉妬しているようなのだ。
 今日もハーネイアは件のゲームでせっせと何かを作っている。真剣な顔をしたり、満足そうに笑ったり、首を傾げたりといった百面相はとても微笑ましいけれど、否、だからこそ面白くないと思ってしまうのだろう――僕は少しばかり眉間にシワを寄せながら、ハーネイアの隣に腰をおろす。柔らかなソファに体を沈めると、まるで呼応するかのように小柄な体が揺れた。そのちいさな動きすら愛おしく見えてついつい口元が緩んでしまうが、今はそんな場合ではない。
 だらしないそれをごまかすかのように咳払いをひとつ落とし、四角い画面へと目を向ける。覗き見なんて下品な真似をするなと言う理性は、情けない嫉妬の前ではあまりにも無力であった。
 
「何を作ってるんだ?」
「えっ!? わ、っディルックさん……!」
「随分と夢中になっているようだが」
「う……は、はい。このゲーム、すごく楽しくて――」

 僕の問いかけを前に、ハーネイアはうろうろと視線を彷徨わせながら、珍しく言葉を濁している。
 画面のなかには、一面の花畑と真っ白な家がうかがえた。小高い丘の上に建つそれは僕の目から見てもひどく可愛らしくて、緑のチューリップや青いバラなど様々な花が植えられているところを見るに、毎日コツコツと努力を重ねて作り上げたものなのだろう。
 このゲームは、それほどまでにこの子の気を引いてたまらないらしい。

「……僕には言えないようなことか?」

 我ながら、ひどくみみっちい言葉を吐いたと思う。よもや自分の口からこんな文句が飛び出してくるなんて、僕自身非常に驚いている。
 とはいえ、一度吐いてしまった言葉を撤回するのは難しい。悔やむにはあまりに遅く、僕はハーネイアのおろおろとした視線を頬のあたりに感じながら、自嘲混じりのため息を漏らしてしまった。……この子からすれば、たまったものではないだろうな。

「あ……あの、」

 ――ことん。僕が謝罪を口にするより先に、ゲーム機がテーブルに寝転んだ音が響く。
 誘われるようにそちらへ目をやると、暗くなった画面にはきゅ、と意を決したような表情が映っていた。まだ少しだけ躊躇いの色がうかがえたが、ひとまずこの子の言葉を聞いてみることにしよう。
 ……笑わないでくださいね。あまり聞く機会のない言葉から入ったあたり、どうやら此度の決意は僕の想像よりも遥かにおおきなものであるらしい。

「これ……その。動物の住民さんと仲良くしたり、無人島を好きなようにいじくったりするゲーム、なんですけど」
「うん」
「さっきディルックさんが見たの、わたしのお家だったんです。将来、ディルックさんと一緒に住むならこういうお家がいいなって思って、お花畑とか外観とか、色々考えて作ってて……」
「――」
「そしたらすっごく楽しくなって、あれもこれもって、やりたいことがいっぱい浮かんで……それで、ついつい夢中になっちゃいました。ごめんなさい……」

 もごもごと謝罪を述べるハーネイアを、ただただ眺めていることしかできなかった。フリーズしていた、と言うのが適切かもしれない。
 ――この子は、どれだけ僕をめちゃくちゃにしたら気が済むのだろう。いじらしい少女によってかき乱された嵐のような心中は、自らの嫉妬心を棚に上げて、まるでこの子に責任があるかのような言い方をする。
 黙りこくったままの僕を、ハーネイアは不安でいっぱいになった目でそっと覗き込んできた。

「あ、あのう……ディルックさん、や、やっぱり怒って――」

 おずおずと近づいてくる少女を思い切り抱きしめて、半ば無理やり言葉を切った。これ以上何かを言われたら今度こそどうにかなってしまいそうだったからだ。
 いきなり抱きしめてきた僕にハーネイアは戸惑いを隠せないようだったが、生憎と今の僕にそこいらを気遣ってやれる余裕はない。

「……すまない。怒っているわけじゃない」
「はい……」
「君が夢中になっているのを見て、情けなくも妬いてしまったんだ。僕と一緒にいるのにゲームのほうがいいのか、なんてね」
「うっ……ご、ごめんなさい。わたし、ディルックさんにひどいことしちゃって」
「いいんだ。悪いのは、狭量がゆえに君の楽しみを許せなかった僕だからね」

 何か言いたげに身を揺らすハーネイアの、まるい後頭部を撫でる。
 このまま気まずい時間を過ごさせるわけにはいくまい――僕はテーブルで静かにしているゲーム機を手に取り、躊躇うこの子に渡してやる。僕の行動が不可解だったのか、ハーネイアはまんまるの瞳を何度かしばたたかせて、じっとこちらを見つめていた。

「もう一度見せてくれるか? 君の作った家を」
「あ――」
「僕たち二人の家なんだろう? それなら、僕の意見も聞いてくれ。あとは……そうだな、君の好みを聞いておけたら、将来のためにもなるしね」

 曇っていた表情から一変、僕の愛した少女の綻ぶような笑顔が咲いた。恥じらい混じりのそれは愛おしくてたまらないもので、今すぐにでもそのくちびるを奪ってやりたくなったが――せっかく楽しそうにゲームを開いているのだから、これ以上邪魔するのは気が引けた。
 嬉しそうにあれこれ話すのを聞いていると、僕もこのゲームに少しだけ興味が湧いてきた。ハーネイアの気持ちを理解するためにも、たまにはこういったものに触れてみるのもいいかもしれない。

「……それにしても、僕たちの家にしては少し小ぶりなんじゃないか?」
「うっ……まだ借金が返しきれてなくて……! まだまだたくさん残ってるので、返済できるようがんばります!」
「借金……? こんなゲームに……?」

 
2024/10/03