元素反応:溶解(重雲夢主死ネタ)

 冷たい秋風に吹かれるたび、桃琳を抱えて走ったあの日のことを思い出す。
 少しずつ冷たくなっていく四肢。まるでただの「物」、もしくは中身のない器のようになっていく体を持ち上げながら、無我夢中で走った夕暮れ――あれはぼくにとって忘れられない記憶のひとつであり、良くも悪くもある種の転機となった出来事だった。
 当然といえば当然だが、結局あれ以来桃琳の気配を感じたことはないし、必死に伝えた詩歌の返事がこの手に落ちてくることもなかった。現世というのはかくも厳しく無情なものであるのだと、ぼくはここしばらくで嫌というほど実感した。
 ――現世。今ぼくが存在している世界を、人が「現世」と呼ぶのなら。もしも、この世界に「来世」という概念があるのなら。地脈に還ったあと、またどこかで桃琳に会うことができるのであれば――そのためならぼくは、この命でも何でも簡単にくれてやるつもりだ。
 もう一度会いたい。もう一度あの笑顔に触れて、今度こそこの口でぼくも好きだと伝えたい。伝えられないままの後悔は未だ溶けることなくぼくの胸の奥にこびりつき、ずっとその形を保っている。
 ぼくの後悔を溶解させることができるのは、他でもない桃琳の湛える「炎」だけなのだから。
 ――なんて、こんなことばかり考えていては、きっと桃琳に怒られてしまうだろう。ぼくは肩をすくめて息を吐き、爪先の小石を蹴った。


 
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2024/08/22