そこに私は、いないけど

「今年の『お父様』のお誕生日は、いったい何をしようかしら」

 じっくりと、紅茶を片手に考え込むような素振りでリネットがつぶやく。その内容は他でもない、来月に迫った「お父様」のお誕生日をどんなふうにお祝いするか、という話だ。
 どうやらこれは壁炉の家の子供たちにとってこの時分の風物詩らしいのだが、単独行動も多く家に帰ることが少ないイネスにはあまり馴染みのない話だった。
 自分の知らない壁炉の家の話。それはひどく当たり前で、ほんの少しだけさみしい。
 とはいえ、どれだけさみしく思おうとそれを表に出すのはあまりにも子供じみている。ひとまずは話の流れが読めるまで皆の動向を見守っておこう――そう考えを改めて、イネスは会話を邪魔しないよう適度に相槌を打ちながら、彼らの動向を窺うことにした。

「そうだね……サプライズのマジックショーやバーベキューは毎年の恒例行事だけど、それだけだとさすがに芸がないし……」
「今年は色んなことがあったし、お誕生日だけじゃなく、『お父様』への感謝と慰労を込めた日にするのはどうかな? ぼく、『お父様』には少しでも息抜きしてほしいし……」
「賛成! さっすがフレミネ、冴えてるね。それじゃあ、この方向でみんなにも声をかけよう。あとは――」
「旅人に手紙を出しましょう。もしかしたら来てくれるかもしれないわ」

 彼らの相談――もとい、「作戦」はあっという間にまとまって、どんどん形になっていく。
 さすがは有能な三人小隊といったところだろうか、そこには彼らの間で培われた確固たる絆が見える気がして、ひどく微笑ましかった。
 自分がそこに加わることはきっとこれからもないのだろうけれど、このコミュニティのなかにリネがいることが嬉しい。彼が彼なりの居場所を手に入れて穏やかに過ごすことは、イネスにとって何よりの願いであるから。

「――それに、なんたって今年のお誕生日にはイネスも一緒にいてくれるんだ。きっと、今まで以上の素敵な一日になると思うよ」

 思案にふけるイネスの手を、優しくリネがすくってくれる。不意打ちにびっくりして瞳を瞬かせる合間に見たのは、今までにないほど優しく愛おしそうに細められた、澄んだラベンダーの双眸だった。
 この大魔術師は、イネスが無意識に張っていた予防線を簡単にくぐり抜け、自然な流れでその輪の中に入れてくれたのだ。もちろん彼らにイネスを仲間外れにする意図がないことは百も承知だし――そもそもこの場に招かれていることこそが「仲間」の証明でもある――なんとなく感じていた違和感を、リネはたやすく払ってみせた。その気遣いと優しさがひどくあたたかくて、噛みしめるようにうなずく。
 
「ふふっ……そうだね、私でよければ手伝わせてくれ。最高の一日にしよう!」

 
召使さんお誕生日おめでとうございます(本人不在だけど……)
2024/08/22