「ディルックさん、何を見てるんですか?」
寝室のベッドに腰掛けるディルックが書簡に目を通しはじめたのは、寝る準備を早々に済ませ、心地よいまどろみを待ちわびている頃だった。
疲れが溜まっていることを指摘されたおかげで、今夜ばかりは英雄業もお休みである。ディルック本人に疲労の自覚はなかったものの、アデリンやエルザーのみならずハーネイアにまで腕を掴まれてしまったため、今日は折れてやることにした。休むと言ったときのハーネイアの安堵の表情は、しばらく忘れられそうにもない。
そうして甘やかなひと時を過ごし、もうすぐ眠りに就こうとしていた折り、どうせ英気を養うのなら、と手近な書簡に手を伸ばした。
仔細を知らずにおずおずと寄ってくるハーネイアの頭をなで、隣に座ることを促す。
「そうだね……思い入れのある大切な手紙、かな」
ディルックがハーネイアの目の前でそれを開いているということは、つまるところ彼女に見られてもさして問題がないということだ。そういったディルックの意図を理解しているらしいハーネイアは、まんまるの目を何度か瞬かせてから、少しだけ首を伸ばして「それ」を覗いてくる。
三秒ほど経った頃だろうか――ハーネイアが顔を真っ赤にして、あわあわと落ち着かない素振りを見せはじめたのは。もたついた手は苦し紛れにディルックから書簡を奪おうとするが、そんなもの彼にとっては抵抗以下の悪あがきでしかない。
か弱い少女の悪あがきなど、武人であるディルックからすれば赤子が暴れているも同義だ。赤リンゴよろしく真っ赤っかな愛し子を片腕にとらえ、ディルックは余裕の笑みを浮かべながら、片手で器用に書簡をまとめはじめた。
「どっ、ど、ど……! どうして――」
「言っただろう、大切な手紙だって。きちんと保管しておくに決まってる」
「な、なんでですか……!? す、すて、捨ててください……っ!」
可愛らしい赤リンゴを視界の端に入れながら、ディルックは「まさか」と彼女の提案を撥ねつける。
捨てるわけが――否、捨てられるわけがないだろ。幼い君が、一生懸命僕のために書いてくれたものなのだから。
丁寧に綴じられた「幼い筆跡の手紙」をベッドサイドのテーブルに置き、ディルックはハーネイアを抱えたままベッドへと倒れ込む。未だに顔を赤くしたり青くしたりと忙しげなハーネイアを抱きすくめてシーツに潜り、寝る体勢を整えようと試みた。
何も言わずに寝入ろうとするディルックへ、ハーネイアははくはくと何度も口を動かしていたが……彼が疲れていることを思い出したのだろうか、やがて体を揺らすのをやめて、おとなしく胸板へと額をこすりつけてくる。それが眠りの合図であることは、彼女と同衾を重ねる日々ですっかり覚えてしまったことだ。
◇◇◇
ディルック様、こんにちは! 先日は、お姉ちゃんがご迷惑をおかけしてしまって、本当にすみませんでした。
お姉ちゃん、あの日は成人したてで気が大きくなってたみたいで……まさか、まだお酒が飲めないディルック様を巻き込んでひと晩飲み明かそうとするなんて、思ってもみませんでした。
お母さんにこっぴどく叱られてからはすごく反省してるみたいで、お酒を飲む量が少しだけ減ったし、ディルック様に直接謝りたいとも言ってました。昨日……は少し飲んでたけど、一昨日は一滴も飲んでないはずです。ディルック様が帰ってくるまで減酒する! っ言ってたけど、いつまで続くかは正直わかりません。
ディルック様がこの手紙を読むのは、きっとモンドに帰ってきたあとだと思うんですけど……せめて、わたしたちがディルック様が帰ってくる日をずっとずっと待ってるってことだけでも、伝わってたら嬉しいです。
わたしも……はやく、ディルック様に会いたいです。
レドデイベ絡み
2024/05/28