「えっと……うん、土の状態は問題なし。水はけも良くて、日当たりも良好。それから――」
栽培エリアでチェック作業に励む背中を、調合の合間に覗き見る。ディルックと共にやってきたハーネイアが、バインダー片手にエリアをくるくると練り歩いているのだ。
今回の研究において、騎士団は彼女にも協力をあおいだらしい。錬金用の特別な植物を栽培するにあたり、エリアの整備や栽培の方法、各植物の特徴などなど、無数の知識を彼女から賜ったのだという。
――本当は、開店当日にでも様子を見に来たかったんだけど……最近ちょっとだけ忙しくて、なかなか時間が取れなかったんだ。そこをディルックさんが誘ってくれたの――
そういえば、近頃の彼女はワイナリーでの活動に尽力しているとディルックが言っていた。今もエリアの見回りに精を出しているようだし、「花言葉」での職務のみならず、ワイナリーでもこの調子で働いているのであれば、たしかに疲れは溜まるだろう。
……なるほど。もしかすると、今回ディルックがハーネイアを誘ったのはリフレッシュが目的だったのかもしれない。彼自身も忙しい身であるだろうに気遣いを欠かさないとは、さすがはモンドで一番の金持ちといったところだろうか――否、もしくはただひたすらに、ハーネイアのことを想っているだけなのかもしれないが。
「……よし! 旅人さん、チェック終わったよ! 遅くなっちゃってごめんね」
そうこうしているうちに、作業を終わらせたハーネイアが栽培エリアから降りてくる。手袋やスカートについた泥を軽く払いながらも、その表情に嫌悪の色はなく、どことなく愛おしげなふうに笑っていた。
「ありがとう、お疲れ様。ずいぶん細かいところまで見てくれてたみたいだけど……」
「えへへ……みんなすっごく丁寧に使ってくれてるんだなって思ったら、なんだか嬉しくなっちゃって」
「よかった。何か不始末があったらどうしよう、って心配だったんだ」
「とんでもない! 隅から隅までばっちりだったよ」
蒲公英のようなぽやんとした笑みを浮かべ、ハーネイアはバインダーをこちらに見せてくれた。数枚に渡るメモには栽培エリアについての事項が事細かに記されており、空にはほとんど覚えのない項目もいくつか散見する。これらは騎士団の人々が手を入れてくれているのだろう。
(本当に、色んな人が関わっているんだな……)
感慨深い気持ちを胸にバインダーのメモをめくっていると、視界の外から誰かの近づいてくる気配がした。
一瞬身構えそうになったものの、隣にいるハーネイアの表情がその正体を示している。ゆえに、あえて振り返ることはせず目の前の紙に集中した。
「用事は終わったか?」
「はい、もう少しです。今、旅人さんに結果を共有してるところで……ディルックさんこそ、もう大丈夫なんですか?」
「ああ。問題ない」
メモの文字列をなぞるかたわら、そっと二人の様子をうかがう。
穏やかに微笑むディルックの手には、二種類のポーションが握られている。ひとつはモンドの人々のために求めたもので、もうひとつはプライベート用――ハーネイアのために作り、「セシリアの花の微笑み」を飾った、特別製のポーションだ。
後者を彼女の目に入らないようポケットに収めているあたり、きっと帰宅後にでもサプライズ的に渡すのだろう。
(相変わらず仲良しなんだな。ちょっと鬱陶しいくらいに)
喉元まで出かかった言葉をなんとか飲み込んで、バインダーをハーネイアに返す。ありがとう、と感謝の気持ちを伝えれば、ハーネイアはこちらこそ! とまばゆい笑みを見せてくれた。
「また来るね。そうだ、せっかくだしわたしも何か買って帰ろうかな――」
商品棚に目を向けながら、ハーネイアはディルックと共に去ってゆく。モンドの爽風を従えて歩く二人は、後ろ姿だけでもその睦まじさが伝わってくるようだった。
2024/03/24