後悔

 わたしの命の期限というのは、どうやら人より短いらしい。
 それを知ったのはもう何年も前のことだけれど、常人よりも死が近いことを恐れたことは不思議となかった。もしかすると、わたしは自分の命に関してひどく無頓着で傍観的なのかもしれない。
 というのも、そもそもとしてわたしにとっては死がすぐそこにあるのが半ば当然のことなのだ。抗おうと思ったことはほとんどなく、みんなが当たり前のように食事や呼吸を繰り返すのと同じで、わたしは当たり前のように命が短い、ただそれだけ。
 ただこの傍観的思考もゼロから湧いて出たものではなくて、どうしてわたしがこんなふうに平坦な思考回路なのかといわれたら、わたしには自分の命よりも大事なこと、気にかけていることがあるのだ。自分なんかよりも尊重して、幸せを願いたくなる人がいる、だからこそわたしは自分のことに頓着している暇がない。
 わたしの興味関心を奪うもの――それは他でもない、今あそこで無味のアイスを咥えている重雲だ。
 わたしがちらと目を向けると、重雲はなんとなく居心地悪そうにしながらアイスをひとくちかじる。キンキンに冷えたそれが全身を冷やすのだろう、ぶるりと体をふるわすその仕草すら愛おしかった。
 わたしは重雲のことが好きだ。わたしの真っ暗だった人生に生きるための希望をくれて、あの愚かしい養父の元から救い出してくれた唯一無二の人。誰よりも素直でまっすぐすぎる、可愛くて真面目な男の子。
 この世の誰よりもわたしのことを丁寧に扱ってくれるのは重雲だし、だからこそわたしは彼のことを誰よりも慕っている。重雲のことを考えていたら他には何にも目に入らないくらい、わたしは彼で頭がいっぱいなのだ。
 つまるところ、わたしは別に自分の命やその期限に興味がないわけではなくて、わたしの関心を奪う重雲という存在があまりにも大きすぎるだけなのだろう。
 
 ――ただ、それを踏まえるとおのれの命の期限について、ひとつだけ不満が生まれてしまう。それはわたしが先に死んでしまうせいで、重雲のこれからをちっとも見届けられないことだ。
 わたしは重雲の傷になりたい。重雲のことが好きで、重雲の隣にいたいから、重雲の心に「わたし」という存在を刻みつけたい。けれどわたしは重雲のことを縛りつけたいわけではないし、重雲にわたしだけを想っていてほしい、なんて言うつもりも毛頭ない。重雲には重雲の幸せを掴んで、わたしひとりに固執することなく、まっとうな人生を歩んでほしいのだ。
 わたしのことを一生忘れないまま、わたしに縛られることなく幸せな未来を見つけてほしい。それがわたしの一番の願いである。
 だからわたしはひたすら惜しい。それを見届けられないことが。自分の命の期限に覚えた唯一の不満がこれだ。
 重雲の行く末を見守ることができない、それだけが今のわたしの目に映る後悔であり、たったひとつの苦難であった。
 

#novelmber 27.期限
2023/11/17