「亀裂」

「――ぷはあっ! ボリュームすごいね、ここ……!」

 水分補給に選んだのは、モモンのみをふんだんに使った園内でも一番人気のフラッペだった。あたたかな気温もあってひときわ火照ったぼくたちの体を、染み渡る冷たさがしっかりと冷やしてくれる。

「本当にね。そこそこ、なんて評判だったものだから、正直少し舐めてたな」
「あたしも。まさかこんなに気合いが入っとるとは……スパイクタウンでは考えられん規模やね」
「あはは、それはターフタウンも同じく、だなあ」

 傍らのベンチで休みながら、ぼくたちは談笑に勤しんでいる。モルペコは園内を歩きまわった疲労からか眠くなってしまったようで、少し前にモンスターボールのなかへ帰っていった。マリィに買ってもらったお菓子を抱えて寝ている様子は、ぼくの目から見てもなかなか可愛らしいものであった。

「でも、本当に嬉しい。最初は絶対ラベンダーさんとって決めとったけんね」
「そうなのかい?」
「うん。だから、あたしとしてはもう既にキョダイマンゾクって感じかな」

 ほくほくしながらフラッペを楽しんでいるマリィは、普段より浮足立っているように見える。
 今度はリナリアたちも誘おうっと――そんなことを言っているうちに、カップはたちまち空になってしまったようだった。おかわりはどうする? と訊くと、まだまだ遊び足りんけん、あとで! という元気な返事が飛んできて、微笑ましさに思わず頬が緩む。

「次は……やっぱり、うちの妹と?」
「もちろん。リナリアと一緒なら絶対楽しいし……そうやなあ、せっかくだし他の同期にも声かけたいかも」

 ごきげんなふうに足を揺らすマリィは、やはりいつもより可愛らしい。おおかた、次はいったい誰を誘おうかとか、どのアトラクションに乗ろうかとか、友だちと遊ぶときのことを考えているのだろう。
 他には誰を誘うのか、と。ぼくが興味本位で聞くと、マリィはうーんと思案しながら、指折り数えて話し出す。

「そうやなあ。リナリアを誘うなら、あとは――って、うわさをすればや」

 刹那、マリィは人混みに目を向けて声を上げた。ひかえめに手を振る彼女の視線を追うと、そこにいたのはとある少年。少し前に、最強のチャンピオンとしてガラル地方に君臨していた無敗のダンデを、からくも打ち破ったマサルくんだ。
 彼はこちらに気がつくとすぐに顔を明るくして、ぱたぱたと駆け寄ってくる。ぼくも以前バトルをしたことがあるので、一応の面識はあった。
 マサルくんはうやうやしく頭を下げながら、目を細めて挨拶する。

「マリィにラベンダーさん、こんにちは。今日は二人で?」
「そう。マサルは一人?」
「うーん……一人じゃないけど、和気あいあいって感じでもないかな。なんか、チャンピオンとしてエキシビションバトルをしてほしいって言われてて。本当は開園日にするはずだったんたけど、そのときはぼく、他に予定があってさ」
「ふうん……ここんとこなかなか連絡つかんなあと思ってたけど、そういうことだったんや。チャンピオン業、頑張ってんだね」
「あはは……といっても、そこそこかな。マリィだってジムリーダー頑張ってるんでしょ?」
「まあ……でも、それこそ“そこそこ”って感じ?」

 いたずらっぽく言うマリィに、マサルくんは小さく吹き出していた。
 これはぼくの主観でしかないけれど、彼の笑みにはなんとなくの影がある。チャンピオン業の疲れから来ているのか、それとも別に何か要因があるのか。それは赤の他人と言って相違ないぼくに推し量れるような問題ではないが……もしかすると、似たものを持っているからこそ彼の底にある何かを察知している、のかもしれない。
 思えば以前バトルしたときもそうだった。ぼくには彼の抱え込むいわば泥、もしくは鉛のような何かが見えた気がしたのだ。みだりに口にするようなことではないと思い、あのネズにさえ話していないことだけれど、改めて彼の目を見てみると、その直感は間違っていないような気がしてくる。
 二人の会話に耳を傾けながらそんなことばかり考えていると、ふと、マサルくんと目があった。その瞬間、彼は外面に貼りつけている「少年」ではない何かの顔を覗かせながら、ひどく曖昧な微笑みを浮かべたのだ。
 にこりというべきか、くすりというべきか。それはぼくにとってひどく身近なもので。いつだったかに、鏡で見たそれと同じであった。

「……じゃあ、また。二人とも、デート楽しんで」
「ばっ……ちょ、マサル!」
「あはは、怒んないでよ。デートだなんだって、言ってたのはマリィのくせに――」
「それ以上言うとタダじゃおかんけんね……!」

 その、一瞬の歪みとは打って変わって。マサルくんは、マリィとひどく楽しそうにじゃれあっている。さすがはジムチャレンジでしのぎを削った同期というべきか、良くも悪くもフラットで、遠慮のなさそうな間柄だ。
 二人のやり取りを見ていると、在りし日のネズとの日々が思い起こされてどこか懐かしい気持ちになるのだけれど――同時に、胸が激しくざわついた。言葉にならないそれは黒いモヤがかったもので、まるでガラルマタドガスが喜んで吸い込みそうなもの。
 じく、じく、じく。ぼくの心を蝕みだしたそれのおかげで、どうやら無意識のうちに険しい顔をしてしまっていたらしい。マサルくんとひとしきりじゃれあったあと、彼の背中を見送り終わったマリィが、ひどく気遣わしげにぼくの顔を覗き込んでくる。

「ラベンダーさん、大丈夫? ……もしかして、前にマサルと何かあったりした?」

 ――もし何か変なこと言われてたりしたら、ちゃんとあたしに教えてね。とっちめてきちゃる!
 マリィの視線が、関心が、優しさが。一心にぼくのほうへ向いている。その事実が胸に満ちるのを感じては、嗚呼、モヤが晴れるような濃くなるような、複雑な感情が湧きあがった。
 そして、やがてその激情はピークに。ぼくの浅ましい想いは、この口に思ってもない言葉を吐かせた。

「もしかして、マリィは――」

 そのひと言が、ひどく大人気なくてみっともないものであることも、ちゃんとわかっているのに。

「マサルくんのことが、好きなのかい?」

 
2022/04/14