無題(クロード)

 アスク王国で出会ったウィノナは記憶より何倍も花車なように見えて、思わずその腕を掴んでしまった。
 俺の突飛な行動に、目の前の少女は前髪の下にある藍玉を大きく見開く。か細く吐き出された「どちら様ですか」というひと言の、あまりの他人行儀な響きに胸の奥がずんと重くなった。
「わからないか? 俺だよ、クロード=フォン=リーガン――」
 言うやいなや、ウィノナはあからさまな警戒心をやんわりと解いたものの、すぐ我にかえったふうに再び瞳を鋭くする。
 しかし、簡単に振りほどけてしまえるであろう腕をそのままにしているあたり、俺のいっさいを撥ねつけるつもりではないようだ。
「いきなり言っても信じてもらえないだろうが……俺は、お前の時代よりも五年ほど先のフォドラから喚ばれたんだ」
「五年――ああ、もしかして、千年祭の」
「おう。……まあ、それについて詳しく話すつもりはないから安心してくれ」
「助かります。そんなに事細かく説明されても困りますから」
 ウィノナは瞳をゆっくりと眇め、俺の背中越しにアスクの景色を見ているようだった。
 何を思っているのかはわからない。ただひとつ言えることは、このウィノナにとっての「クロード=フォン=リーガン」が、今ここに佇む「俺」ではないということだ。

 
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