ショッピングでも行かないか?

「連続少女失踪事件ねえ……」

 スチームバード新聞の一面を陣取るその名称に、思わず眉をひそめてしまった。このフォンテーヌでは何らかの事象によって複数人の少女が行方不明となっており、それらをひとつの事件として関連づけているらしい。
「少女」という単語を前にしたとき、一番に浮かぶのは得体のしれない「執行官」の一人だが――その次にタルタリヤの脳裏をよぎるのは、他でもないミラである。手ずから育て上げた戦士である彼女はタルタリヤよりも幼くて、この新聞に書かれている少女たちとそう変わらない年頃だ。
 刹那、ざわりと胸の奥がわななくのを感じる。もしも彼女がこの被害に遭ったら? もう一度、この目の前から消え失せてしまうなんてことがあったら――そんなこと、もはや考えたくもない。
 新聞相手ににらめっこを繰り広げるタルタリヤの視界には、寝起きで何度もあくびを繰り返しているミラの姿が映る。彼女は険しい面持ちのタルタリヤを目に入れると、怪訝そうな顔をしてぽすん、と隣に座ってきた。

「なにそれ。新聞?」
「そうだよ。フォンテーヌで一番売れてるらしいってね、さっきもらってきたんだ」
「ふうん……で、この記事が引っかかってたってわけ?」

 ミラの薄氷じみた瞳が、ゆっくりと「連続少女失踪事件」の記事を辿っている――寝ぼけ眼をこすっているせいかその動きはいつもより遅く、内容が頭に入っているかも正直疑わしい。寝起きのほんのりあたたかい頬をつまむと、邪魔をするなとばかりに眉間にきゅっとシワが寄った。

「ミラも気をつけるんだよ。君みたいに可愛い子は、すぐこういうやつらのターゲットになっちゃうかも」
「ふん! こんなキモいやつくらい、簡単に返り討ちにできるし」
「アハハ、そうだね。それでこそ俺のミラだ」

 タルタリヤには、彼女を一人前の戦士に育て上げたという自負がある。しかし、それ以前にミラのことを一人の異性として愛してもいた。ゆえに彼女が被害に遭うようなことは極力避けたいし、そのためなら「執行官」としての知名度を利用してやるのもいいかもしれない。

(俺の顔は良くも悪くも知れている――であれば、俺がミラを連れまわして印象づけておけば、犯人も彼女に手を出そうなんて気は起こさなくなるはずだ)

 どんな極悪犯であろうと、さすがにファデュイという組織を――ひいてはスネージナヤという一国を敵に回すのは避けたいはずだろう。
 ふぅ、と小さく息を吐いて、タルタリヤはすぐ近くのまるい頭をやさしく撫でた。今度はなに、とばかりにミラの視線が向けられるが、その向こうにあるのがまんざらでもない感情であることはよく知っている。

「せっかくだし、ちょっとショッピングでも行かないか? 昨日、いい店を見つけたんだ」
「なんで急に――」
「まあまあ、そう冷たいこと言わないで。たまの休暇なんだし、デートしようよ、デート」

 ね? と少し笑うだけでミラが簡単に折れることを、さほど長くない付き合いのなかで、嫌というほど知ってしまった。彼女のぶすくれた表情の内側に、今にもはちきれそうなくらいの好意が秘められていることも。
 まるで猫でも愛でるように頬をくすぐってやれば心地よさそうに目が伏せられ、長いまつげがふるりと震える。そのいじらしい仕草を見るのが、どうしようもなく好きだった。

 
2024/04/02