二人について・噂話

 アカツキワイナリーのディルックは近頃、とある女の子に夢中らしい――そんな噂がモンド城に蔓延するようになったのは、実のところ最近の話ではない。
 昨年度にはじわじわと広まりつつあった件の風の便りは、しかし今となってはモンド城の人間の半数が周知する事態となっている。たまにモンドに帰ってくるたび耳に入ってくるそれを、旅人は少しだけ辟易していた。
 心当たりは、正直ある。噂の対象となった“女の子”にも、どうしてディルックがそう言われるようになったのかという、その理由についても。
 
「なあ、旅人? “とある女の子”っていうのは、やっぱり――」
「うん。100%ハーネイアのことだろうね」
 
 すっかり太陽が隠れ切った刻限の頃、旅人とパイモンは穏やかに話す。モンド城を抜ける夜風を浴びながら、まるで当たり前のように世間話を重ねていた。
 旅人の答えにパイモンは一旦は納得して、しかしすぐに再び首を傾げはじめた。パイモン的にはまだ少しだけ不可解な点があるらしい。
 
「でも、どうしてそんなに広まったんだ? あのディルックの旦那が周りに自慢するとは思えないし……じゃあ、ハーネイアか? けど、アイツだってそんなことアピールする性格じゃないだろ」
「そうだね。……でも、俺は別に二人が周りに言いふらしたわけじゃないと思うんだ」
 
 言いながら、旅人はちらりとエンジェルズシェアに目を向ける。バーテンダーの職務をちょうど切り上げたところだったのか、噂をすれば影、闇夜をまとう青年が不意に姿を現したからだ。
 旅人たちの視線に不自然さを覚えたのか、ディルックはしばらく怪訝そうな目でこちらを見ていたが――程なくして現れたもう一人によって、その瞳は途端に慈愛に満ちた優しいものへと変わった。厳しさも疑惑もいっさい感じられない、慈しみに覆われた真っ赤な双眸が、この距離からでも窺える。
 もう一人の人影の正体は言わずもがなハーネイアだ。後ろに続くようにエンジェルズシェアから出てきた彼女は、ディルックと同じく旅人たちに目を向けて、小さく手を振ってくる。彼女の挨拶に応えて手を振り返すと、今度は明昼の陽だまりのような笑顔が咲いた。……殊更微笑ましそうにハーネイアを見る、ディルックの端正な横顔も一緒に。
 そうしてささやかなやり取りを済ませると、やがて二人はこちらに軽く頭を下げたあと、仲睦まじげに連れ立っていった。しっとりとした夜の空気のなか、おそらくこれからアカツキワイナリーに帰るのだろう。
 旅人は尋ねる。「ねえ、パイモン、わかった?」と。呆れた顔のパイモンにくすくすと笑いながら、旅人は夜空に向けて独りごちるように吐く。
 
「やっぱり、ディルックさんって結構わかりやすいんだよね」

 
2023/06/09