往来オーライ

「いた! シエル!」
 フェンリル極東支部エントランスの真ん中、聞き慣れた呼び声に振り向くとそこにあったのは人の良さそうな笑み。レンズの向こうでへにゃりと目元を緩ませながら肩で息をする姿に、思わずシエルも顔をほころばせた。
「どうしたんですか、カヅルさん」
「どうしたもこうしたもないだろ、今日はシエルの誕生日じゃないか」
 ふう、と大きく深呼吸をして落ち着かせる様子を見るに、もしかするとアナグラ中を探しまわってくれたのかもしれない。ただの思い上がりだろうか、そんな考えが頭をもたげるけれど、長くはなくとも濃密な日々のなかで過ごした時間がそれを確信と裏づけてくれる気がした。2人で、ブラッドのみんなで、彼の家で過ごした思い出は決して嘘をつかないから。
「あいにく今日は任務が入ってるし、ブラッドも姉さんたちも忙しそうだからパーティとかは出来ないけど……ちゃんと、口で伝えておかなきゃ思ってね。おめでとう」
 柔らかく頭をなでながら言うカヅルは、至極いとおしそうに目を細めてはシエルの姿を見ている。視線、手つき、足取り、もはや呼吸に至るまでが「愛おしい」と叫んでいるようで、よっぽど恋愛に疎い人間でもなければ彼の想いに気づかないわけはないだろう。
 カヅルさん、そう名を呼んだ刹那に響き渡るアナウンス。出撃準備が整ったことを告げるそれは、ブラッド隊長のカヅルを呼び出すためのものだった。残念そうに肩をすくめるカヅルの姿を見つめるシエルに、カヅルが少しだけ悪戯な笑みを見せる。
「返ってきたら聖域行こうか。せめてものお祝いっていうか、デート」
 ね、というひと言は同意を求めるというよりは確定事項を知らせるような口振りである。しかしシエルはそれに異議を申し立てることもなく、むしろ従順にしたがうだけだ。
 いいこだね、人目も気にせずシエルの顎をすくって桜色の唇にキスを落とすカヅルが、シエルのほんのり染まった頬を見て満足そうに笑った。
「じゃ、いってきます」
「はい。……いってらっしゃい」