01.その瞳の先は僕じゃない

 ヒバリちゃん! と名を呼ぶ、弾んだ声にはもう慣れた。
 いつしか彼の笑顔は自分ではない誰かのものになっていて、そうやって笑う姿をただ見ているだけの哀れな自分。彼の恋愛相談……もとい、「ヒバリちゃん」が如何に魅力的であるかを熱烈に語られる、そんな夜更けにすら拠り所を感じている惨めな現状が苦しい。
 強く、熱く、前を見据える彼の瞳。希望と理想を宿したそれは、いつだって未来を見つめていたのに。その視線が熱を持ち、甘ったるい色を湛えるようになったのはいつの頃からだったろうか。考えるだけで、もう。
「おいこーこ、ちゃんと聞いてんのかよ」
 こん、とグラスを打ちつける音で意識を呼び戻される。オレンジ色の液体が揺らぎ、不透明なそれに遮られた底がちらりと覗いた。
 さてこれで何杯目だったろうか、今ので忘れてしまった。果てないお代わりと、彼の口から出る「ヒバリちゃん」の回数を数えることで、この無益でどうしようもない一夜を乗り越えようとしていたのに。