ふわり、光る

「ねえ、アゼルは“恋”って何だと思う?」

 行軍の合間、出し抜けにアグネが問うてくる。さっきまで上空にいた天馬は知らぬ間にすぐ傍へと降下していて、アゼルは馬の手綱を引きながら、彼女の言葉に耳を傾けた。

「恋、って……どうしたんだい、いきなりそんなこと。何かあったの?」
「いいえ、とくに目立った理由はなくて……なんとなく、気になってしまっただけなんだけど」

 敵の軍勢はまだまだ遠くにあるようだ。戦場で気を抜くわけにはいかないが、ここいらには伏兵の気配もないので、少しばかり鼓動は落ち着いている。
 おそらくアグネも同じなのだろう。戦闘中よりはいくらか穏やかな顔をして、遥か遠くに目をやっていた。

「あたしはね。恋って、まるで灯火みたいなものだと思うの」
「灯火?」
「ええ。……あなたに恋をしたとき、あたし、胸の奥に小さな灯火が現れたように思ったのよ。ぽっと胸があたたかくなって、とても優しい光を感じて……それからはもう、あなたのことが頭から離れなかった」

 胸を手に当てながら言うアグネは、まるで浸るようにおのれの感情を吐く。彼女の胸にある灯火は、もしかすると、まるで道標のように彼女を導いてくれたのだろうか。
 アゼルとの未来を信じながら、そうして導かれるままにまっすぐここまで来てくれたのだとしたら、それはとても嬉しいし、光栄なことだ。アグネの言葉に、アゼルはすっかり感心している。
 しかし、じつは彼にも同じような覚えがあった。アゼル自身も、かつてはおのれの足元に迫る灯火をずっと見ていて、そうして向き合ってきた結果が、アグネと共にある今に繋がっているのだ。
 少なからず同じものを見ていたという事実に、アゼルの胸はじんわりとあたたかくなる。

「――そう、だね。それは、ぼくも同じかも」
「え?」
「ぼくも……そう、ぼくだって、ずっと炎を見ていたんだ。まるで――」

 まるで、ぼくのなかにある聖戦士ファラの血が、おぼろげに揺れるような炎を――
 言いかけて、やめた。彼女にファラの話をすべきではないと思ったからだ。
 これを言ってしまえば、かつて彼女と交わした約束を違えることになるし、ひいてはその心を深く傷つける結果となってしまうだろう。
 泣かせたくはなかった。これ以上ないほど傷つくすがたを見た身からすれば、もう二度と泣かせたくないと思うのは当然ではないか。その対象が愛する人であるならば尚更のことである。
 不自然に言葉を切ったせいか、アグネはいささか焦れた様子で、アゼルに続きをせがんでくる。

「――アゼル? まるで……なあに?」
「えっ――ああ、いや。何でもないよ。きみと同じものを感じられていたのだとしたら、幸せだなって思っただけ」

 アゼルが微笑みかけると、アグネはほんのりと頬を染めて、花のように笑った。
 確かにそうね、と相槌を打つ声はなんとなく弾んでいるようで、うまく誤魔化せたことに安堵する。その傍ら、少しずつ近づいてくる敵地に目を向け、小さく息を吐くのだった。

 
2022/11/13