短編(丹恒)

今は受け止めるくらいしか

「おかえり」を伝えるや否や抱きついてきた丹恒くんは、それきりずっといっさい動かず、あたしにひっつきっぱなしだった。声をかけても背中を撫でても反応はなく、そのたくましい腕がほんの少し震えていることのみが、ダイレクトに伝わってくる。 いったいど…

そこには波のひとつもなく

 ――夢を見ている。あたしはゆらゆらと揺れる世界でたゆたいながら、ひどく心地よい波に身を任せていた。 それはきっと、いうなれば羊水のように優しく全身を包み込んで、すべての苦しみからこの身を守ってくれているのだろう。 苦しみもなければ喜びもな…

頬に残るはあどけなさ

 見た目よりも柔らかな癖毛を撫でてやると、うっすらと閉じられたまぶたがほんの一瞬だけ震える。 にわかな刺激に小さな身じろぎこそするものの、その眠りが中断されることはなく――丹恒は再び深い眠りに落ちていったようで、やがて穏やかな寝息をたてはじ…

怒らせないほうがいい?

 個性的なメンバーが集う星穹列車には、いくつかの「恒例行事」がある。たとえば、初めての寝坊をもちもちのパムに咎められるだとか、姫子のコーヒーで撃沈するだとか、色々。 そのなかのひとつが「の血抜きに遭遇する」である。星穹列車において雑務や厨房…