原神

いつだって一番そばに

 家を継ぐ者として、涙腺の緩さは大敵だと思っていた。  自分は幼い頃からひどく泣き虫で、それこそ少し驚かされたくらいで簡単に涙が出てしまうような子供だった。 特段気が弱いわけではないのだが、ちょっとした刺激ですぐに涙がこぼれてしまう。嬉しい…

合図

 こん、ここ、こん、こん。独特のリズムで叩かれた窓へ、反射的に飛びついた。薄いガラス板の向こうには見慣れた手袋が覗いていて、張りつめていた精神が一気に緩むのを感じる。「彼」が訪れてくれた安心感により、ついつい気が抜けてしまったのだろう――シ…

君のための宝物

「受け取れよ」 ぽん、とやさしく投げ渡されたそれを、両手で丁重に受け取った。 クラフト素材の紙袋はかさりとした小気味良い音を立て、シャルロットのちいさな手のひらのうえで誇らしげに胸を張っている。紙袋はリボンの形をしたモノクロのシールで可愛ら…

ショッピングでも行かないか?

「連続少女失踪事件ねえ……」 スチームバード新聞の一面を陣取るその名称に、思わず眉をひそめてしまった。このフォンテーヌでは何らかの事象によって複数人の少女が行方不明となっており、それらをひとつの事件として関連づけているらしい。「少女」という…

二年目のわたしたち

 なんてことない平凡な朝が、至上の幸せであることを知っている。ぱち、ぱち、寝ぼけ眼を瞬きしても消えたりしない愛しい人が、すぐ目の前にいることも。 のみならず、おそらく彼もまだ少し夢うつつの状態なのだろう。普段よりもとろけた赤い瞳が、ことさら…

夢見が悪いわ

「――今ので五回目のため息。お兄ちゃん、さてはのこと考えてるのね」 不意に投げかけられたリネットの言葉。予想外のそれにリネは大げさに肩を跳ねさせ、あまつさえその場ですっ転んでしまいそうになった。 ばくばくと激しく動く心臓を押さえながら、背後…

さいごの鎹

 冷たい風が吹きすさぶなか、ぼんやりと一人佇んでいる。ぼくの目の前にあるのは、誰の仲間にも入れてもらえなかった人間が丁重に眠る、ひどく小さくて粗末な山だ。 この山の下には、ぼくが恋い慕ってやまなかった存在が眠っているが――しかし、これを暴く…

つかの間のワイナリー

「。これを君に」 隣に腰掛けるディルックが小瓶を差し出してきたのは、錬金ショップから帰ってきて、つかの間の休息時間を共に過ごしていたときだ。 やさしく手のひらに乗せられたそれは、昼間に目にした錬金薬の数々によく似ている。愛らしい猫の形をした…

モンドの風と共に

「えっと……うん、土の状態は問題なし。水はけも良くて、日当たりも良好。それから――」 栽培エリアでチェック作業に励む背中を、調合の合間に覗き見る。ディルックと共にやってきたが、バインダー片手にエリアをくるくると練り歩いているのだ。 今回の研…

「セシリアの花の微笑み」

「旅人。先ほどのものとは別に、もうひとつ頼まれてほしいことがあるんだが」 空の手渡した錬金薬の瓶を揺らしながら、ディルックは優雅にそう言った。 先立ってのやり取りとはまた違った風合いを乗せた彼の物言いに、空はちいさく微笑みながらうなずく。彼…

しあわせの残り香

 璃月には無数の人々が行き交っている。 この国で生まれ育った者、他国から商売にやってきた者、祖国を追い出された者、のんびりと旅行に勤しむ者……それらすべてがにとっては等しく愛しい存在で、彼はこの地に足を踏み入れるすべての者たちを愛していた。…

眠りこけてる場合じゃない

 ――嘉明のバカ! だいっきらい……! 見知った少女が泣きながら叫んでいる。 痛ましいその様子は見覚えのありすぎる光景で、もはや懐かしさすら感じるくらいだ。人としての良心のみならず郷愁の念まで刺激するそれは、心地よく浸っていたはずの睡眠をぴ…