タマゴヤキマルメターノ

「バドさん、バードーさぁん! 起ーきーて!」

 セルフィアにたどり着いて幾日。私の朝は、この大きな店主を引きずり起こすことから始まる。

「うぅ~ン……あと10分……」
「そこは5分って言うとこじゃないの!? ……もー、起きてよぉ~~~!」

 ずりずり、ずりずり。いくら引っ張って落とそうとしてもびくともしない。私が微々たる力でほんの少し動かせたとしても、バドさんの大きな寝返りによって私の頑張りは水の泡。ばふん! と柔らかなベッドが音を立てる。掛け布団を抱え込んだバドさんは、やがて安らかな寝息を立て始めた。

「バドさんのバカ……」

 捨て台詞じみたひと言を残し、私は簡素なキッチンへと向かう。このまま立ち尽くしていてもなんにも変わらないので、とりあえず私は私のやるべきことをしようと思うの。いくらのんびりしたセルフィアとはいえやはり朝の時間帯はどこか忙しなく感じてしまう――なんて、腹が減ってはなんとやら、私が今からやることといえば今日の朝ごはんをつくることなんだけども。
 かつてとある料理人さんから教わった知識や技術を頼りに包丁をふるい、フライパンを振り、具材と対話をするように私は2人ぶんの朝ごはんを作っていく。私もバドさんもたくさんたくさん食べるから、量は普通より多めにね。
 まずは定番のお味噌汁。お豆腐と、ワカメと、美味しい美味しいジャガイモを入れれば、私の好きなざらざらの舌ざわりが完成する。バドさんも美味しいって言ってくれたから、最近のお味噌汁はもっぱらこの組み合わせだ。
 そして、昨日バドさんが大物を釣ってきてくれたおかげでここには大量の塩ジャケがある。そこに先日アーサーさんにもらった東方のウメボシ、カツオを加工したらしいオカカも加え、せっせとたくさんのおにぎりを握っていった。おおよそ2人ぶんとは思えない量のおにぎりが出来上がってしまったけれど、前述の通り私たちは人より大食いだし、おにぎりは小腹が空いたときの心強い味方だし、意外と平らげられるかもしれないし。鮭のおにぎりが余ったら、お礼も兼ねてアーサーさんへおすそ分けするのもいいかもしれない。
 ぼんやりと色んなことを考えつつ、おかず代わりに卵焼きを焼いていれば匂いにつられてのろりのろりと起き上がってくる巨体がひとつ。いい匂いだナ、なんて惚けたような言葉とともに、ぐっと食卓を覗き込んできた。

「つまみ食いはダメだからね、ちゃんと顔洗ってから来てくださ――」

 グギュルゴゴゴ!
 返事の代わりとでもいうべきか、鳴り響いた轟音――もとい、大きなおなかの音に思わず吹き出してしまう。バドさんもどこか照れたように肩を竦め、そのまままたノロノロと洗面台のほうへ向かっていった。
 ――平和だなあ。いいなあ、胸がぽかぽかする。
 そんな、どこか懐かしくも久しいようなを思いを抱きながら、私は最後の卵焼きをくるりと丸めたのだった。

 
2017/06/29