陰と陽

 私の父は、小さなホームセンターを経営している。
 店自体はそれほど大きくないものの、父の愛想の甲斐あってか意外と常連客は多く、近所のおじさんやおばさんたちには重宝してもらっているほうだ。
 私も幼い頃から店内に入り浸り、従業員やお客さんにたくさん遊んでもらっていた。十歳にもなる頃には父の業務を手伝い始め、高校生となった今でもその習慣は続いている。最近「バイト代」が少し上がって喜んだ。
 店のなかで特に私の興味をひいたのは園芸コーナーで、学校から帰るとすぐにその場所へと向かってしまう。お花の世話をしたり環境を整えたりと、近所のお花屋さんに教えをこいながらこじんまりとしたそこの管理に熱を上げていた。
 お花屋さんのご教授の甲斐もあり、ホームセンターというだけで捨て置くには勿体ないくらいの、なかなかに充実した一角となっていると思う。もちろんこれはお花屋さんのご厚意はもちろん、私のわがままをできる範囲で聞いてくれた父の温情がなせる技に他ならない。
 お客さんが「ここのお花はとっても瑞々しいし長持ちするから、いつも本当に助かってるのよ」と言ってくれているのを聞いたときは、今までの努力がすべて報われたような気持ちになったものだ。
 だから高校に進学した私が緑化委員会に所属したのは自然の摂理というものだし、委員会の活動ではとくに中庭の整備に心血を注いでいた。色とりどりの花々が咲き乱れる中庭を見れば私自身も穏やかな気持ちになれたし、通りかかる生徒たちが微笑んでくれる、花が綺麗だと喜んでくれる、そのことがたまらなく嬉しかった。
 とはいえ悲しいかな、咲き誇る花のことは印象に残りやすくとも、世話をする人間のことなんて誰も気にかけないものだ。施設が綺麗に保たれているのは清掃員の努力があるからだけれど、それに気づいている人間がほんのひと握りであるのと同じ。縁の下の力持ちは必要不可欠な存在のはずなのに、しかし、その影の努力を見てくれる人なんてほとんどいない。
 ……ずっと、そう思っていた。私のやっていることなんてきっと誰にも気づいてもらえないと、誰の記憶にも残りはしないと諦めていた。
 けれど、否、だからこそ。私はずっと、それでも構わないと自分に言い聞かせ続けた。自分は裏方こそが相応しく、陰に住むような人間で、光り輝く人たちが立つ舞台を整えるために生まれてきたのだろうと、そう自分に言い聞かせて、半ば不貞腐れながら今までやってきたのに。

「ああ、お前は玉村だろう? 覚えているぞ。ずっと熱心に中庭の花を世話してくれていたお前のすがた、オレの脳裏にはしかと焼きついている」

 なし崩しで選ばれた学級委員。「メガネだから」「頭も良いし」そんな適当すぎる理由で推薦されてしまったその座は、幸か不幸か、私に稀有な出会いと衝撃を与えてくれた。
 私が支えるべき相手――つまるところ相方に選ばれたのは、尊大で、眩しくて、目を焼きそうなくらい堂々としている人。天翔けるペガサス……もとい、夜空にまたたく一番星のような彼が、まさか私のことを見ていてくれただなんて。

「今年一年よろしくな、玉村。未来のスターであるこのオレのこと、しっかり支えてくれ! きっと後悔はさせないぞ」

 いつものごとく代わり映えないはずだった新学期は、私の人生を劇的に変えてくれるようだった。

 
2021/12/06
2022/09/01 加筆修正