落とし蓋(嘉明)

 美帆の泣き顔なんて、今までの人生で何度も見てきた。
 近所のガキ大将に泣き虫だっていじられたときとか、かくれんぼで誰も見つけられなかったときとか、仲良しのフワフワヤギがいなくなったときとか、截拳道の修行がしんどいときとか。他にも、オレは幼なじみとして数え切れないくらいアイツの泣き顔を見てきたつもりだ。
 有り体に言えば見慣れてるし、良くも悪くも当たり前のこと。だから、そこに新しい感情が芽生えることなんてあるわけないと思っていた。
 ゆえに、ひどく戸惑っている。眼下で涙を流す美帆を前に、腹の底では知らない衝動が蠢いているのだ。オレにとって美帆は守るべき幼なじみで、泣いているならそばにいて慰めてやるのが当たり前だったのに――
 今のオレは、オレに縋りついて泣いている美帆を抱きしめる裏側で、誰にもその顔を見せないでほしいとか、これからはオレだけのためにそうであれとかって、ひどく歪んだ考えを持ちはじめている。
 そう、たとえばぐらぐらと煮立った鍋の底から顔を出すゆで卵みたいに。オレはいつか表出するであろう腐った欲望を閉じ込めたくて、分厚い落とし蓋を沈めるのだった。

貴方は×××で『愛が歪んだ』をお題にして140文字SSを書いてください。

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2024/09/25