花冠の節20の日・5周年

 花冠の節20の日は、ガスパール領の人間にとってちょっとした記念日となった。
 理由としてはひどく単純で、今日という日が領主の奥方の誕生日であるからだ。フォドラの統一に向けて奔走し、更にはこのガスパール領を立て直すために尽力しつづける領主夫妻は、始めこそ領民からの不信感が際立っていたものの、近頃は少しずつ、彼らを認める声が増えてきた。
 今年は現ガスパール領主であるアッシュが騎士の位を叙され、家督を相続してからちょうど五年になる。長いようで短い月日は少しずつガスパール領に豊かさと笑顔をもたらし、やがては領主夫妻へのねぎらいも兼ねて、ちいさな宴を開かせるまでとなった。
 奥方がファーガス国王の姉君であるという事情もあってか、ささやかながら王都からの支援も賜っていたらしく、領地は素朴ながらも祝福に満ちた空気で満たされている。

 ――みんな、宴をするだけの貯蓄があるなら自分のためにお使いなさいな――

 そう言ったのは本日の主役、領主の妻であるウィノナだった。かつては子供との付き合い方がわからず怯えさせてばかりの彼女だったが、近頃は人に囲まれる機会が増えており、以前と比べて雰囲気はうんと柔らかくなっている。そして、そんな彼女を見守るアッシュの微笑みがとても優しいのだと、領民たちからは評判だった。
 今日だってそうだ。アッシュは皆からの贈り物を受け取るウィノナを、ひどく優しげに見守っている。困ったように眉を下げる妻を見ながら、彼自身も心から嬉しそうに笑っているのだ。
 いつもどおり周辺を見まわる傍ら、彼らはどんどんと増える贈り物を抱えながら練り歩く。ようやっと屋敷に戻ってこれたのは、そろそろ夕餉の香りが漂ってくるくらいの時間だった。

「本当によかったのかしら……こんなにたくさんの贈り物をいただいちゃって」
「いいんじゃない? みんな、それだけウィノナのことを好きになってくれたって証拠だよ」

 居間の長机のうえには、領民からもらった贈り物の数々が山のように積み上げられている。ウィノナが剛力であるがゆえに軽々と持ち運ばれていたが、こうして広げられるとなかなかの質量があった。
 しかし、つまるところそれは領民たちからの気持ちの大きさが視覚的に表れているということだ。色とりどりの包装紙や袋、商人から買いつけたのであろう飾り紐の華やかさを見ると、なんとなく気分が上がる気がする。
 きらきらと輝いて見える贈り物の山々に、アッシュとウィノナは揃って感嘆のため息を吐いた。自分たちの努力が報われているような気がして、なんとなく感慨深いのである。

「このあとは……ふう、ウィノナは贈り物たちを確認しててよ。今日は僕がごはんを作るからさ」
「まあ。いくら誕生日だからって、あなた一人に任せるつもりは毛頭ないわ。私も手伝うわよ」
「でも、それじゃあいつもと変わらないじゃないか」
「それでいいの。私にとっては、あなたと一緒に過ごす毎日が一番の幸せなんだから。そうね、夕餉をいただいてから、一緒に開封しましょうよ」

 ウィノナの笑顔を受け、アッシュは噛みしめるように顔を綻ばせた。
 手を繋いで台所へと進み、これから二人の好物を――野菜たっぷりサラダパスタと、魚とカブの辛味煮込みを作るための準備を始める。今日という日は特別だから、二人にとって思い出の学び舎であるガルグ=マクの調理法に則るため、とっておきのダグザの香辛料を引っ張り出すことも忘れない。
 共に台所に立つ彼らは、日常のなかでも特に笑顔が多く、愛情たっぷりに過ごしている様がありありと感じられる。そう遠くない未来に「仲睦まじい夫婦」の代名詞として有名になる二人は、どうやら伊達じゃないようだ。

 
風花雪月5周年おめでとう&遅すぎる夢主誕生日おめでとう
2024/07/26