無二の宝物

「そういえば……最近、ウィノナとはうまくやっているのか」

 いつものごとく、ベレトはおもむろに口を開いた。数節に一度行われる、フォドラを統べる救国王とセイロス教の大司教の会合が一段落し、一旦の休憩に入ったときのことだ。
 戦争の終幕とほぼ同時期にディミトリはウィノナとの婚姻を発表して、少し前には懐妊の報せがガルグ=マクにも届いていた。大司教としての彼の耳に届く国王夫妻の話は、いつだって仲睦まじく、愛に溢れたものである。
 かつて教師として見ていた二人だって、紆余曲折こそあれどとても睦まじい様子であったので、今になって夫婦仲が険悪になっている、なんてことは天地がひっくり返ってもないと思うのだが……まあ、元教え子のそういった話を聞くのも、ある種の“務め”であると思ったのだ。
 恩師からの質問に、ディミトリは隻眼をしばたたかせ、そして、ゆっくりと首を傾げる。あまりにも突然すぎて、うまく噛み砕くことができないのだろうか。
 無防備かつどこか幼げな仕草からは、ディミトリがベレトに対してこのうえなく気を許しているであろうことが伝わってくる。さっきまでの話し合いとは比べ物にならないくらい、いうなればまったくの“素”であった。

「うまく……とは。……難しいな。先生は、俺たちのどういう話が聞きたいんだ?」

 巧い返しができなくてすまない、と視線を落とすディミトリに、ベレトはふるふると首を振る。困らせたくて言ったわけではないのだ。
 あからさまにしゅんとして、あわや子犬の耳でも生えてしまいそうなくらいのディミトリであったが、少し気になっただけだと伝えてやれば、今度は眉をハの字にしてはにかむように笑う。
 いっときと比べたら、驚くほど柔らかく笑うようになったものだ。彼の幸せそうな様子にベレトはほっと胸をなでおろす。ただひたすらに、よかった、と。
 ベレトが感慨に耽っている最中も、ディミトリは彼からの質問の答えを探していたようで――数拍ののちに、あ、と小さく顔を上げて、今度は宝物を見つけた幼子のような表情を浮かべた。

「そういえば、このあいだ少し面白いことがあったぞ。聞いてくれるか?」

 ディミトリが言う。無邪気な様子で、ハツラツと。

「……ああ。ディミトリの話したいことなら、いくらでも聞こう」

 思いのままにそう答えれば、「まるでウィノナのようなことを言うんだな」と、ディミトリは最愛の妻を想いながら言った。どうやら、ベレトが思っている何倍も、この夫婦は仲睦まじくやっているらしい。必要ならばドゥドゥーにも話をうかがおうと思っていたが、その心配はなさそうだ。

「ウィノナ本人は言わないでくれよ。……実は、このあいだウィノナが銀の突き匙を折ってしまったことがあったんだ。無二の宝物というわけではないが、それなりに上等で、丈夫なものを」
「突き匙を? ……そうか、二人の怪力は健在なんだな」
「はは……まあ、これでも在学中よりは不意の事故も減って、力の加減もそれなりにうまくできるようになったんだぞ。それに、ウィノナは俺と違って元が器用だったからな」

 大きな手のひらを、何度も開いたり、閉じたり。まるでおのれの力を確かめるような動作は、どことなく哀愁のような何かが漂っているようにも見える。

「とはいえ、俺たちはきっと他の皆よりも『何かを壊す』ことに慣れている。だから、ウィノナもいつもどおり冷静でいると思っていたんだが――」

 しかし、ディミトリたちの予想とは正反対。ウィノナは、まるで親に悪事がバレた子供のように、あからさまな挙動不審に陥ったのだと言う。無駄にあたりを見まわしてみたり、突き匙がくっつかないかどうか確かめてみたり、はたまた、証拠隠滅のために粉々に砕いてやろうとしたり。一部始終、一挙手一投足のすべてが、何やら彼女らしからぬ動揺っぷりだったそうだ。
 本人は至極真面目なのだろうが、あのウィノナが取り乱す様は良い意味で周囲の笑いを誘ってしまったらしく、ディミトリは声を殺して笑ったし、ドゥドゥーなんかは顔を背けて震える始末だった。ちょうど遊びに来ていたメルセデスは、その場はいつもどおり微笑んでいたけれど、帰る頃に思い出し笑いをするくらいにはツボだったらしい。
 あれはひどく和やかな時間だったと、ディミトリは静かにそう言った。ここしばらく公務に追われて無意識ながらも凝り固まっていた心が、彼女のおかげで解れたと。だから、日々の心労で余裕がなくなりそうなときにはあの日のことを思い返すのだと、いたずらっ子のような笑みを浮かべて言うのだ。
 ウィノナのことを話すディミトリは、ベレトがついぞ見たことのなかった類の笑みを浮かべていて――彼の日々が満ち足りたものであるということを実感し、ベレトもまた、柔らかく微笑ってみせたのだった。

 
のろけるおディミが見たかった
2022/05/13