どうしようもなく母であれ

子がいるしネタバレもある

「親の因果が子に報う」とは、ウィノナがこの上なく、それはもう蛇蝎のごとく嫌っている言葉だ。父親にも母親にも色々と抱えるものがあるウィノナにとって、親の罪や振る舞いがおのれの人生にまで影響してくるだなんてとてもじゃないが許容できない。特にあの母親のしでかしたことが我が道に及んでくるなどと――なんて、とにかくひとつ考え出すと止まらなくなってしまうほど、ウィノナにとっての「親」というものはある意味でとても大きなものであった。
 そう、つまり自分自身がそうだからこそ、級友であるアネットにも態度を変えたりしなかった。たとえ彼女の父親――ギュスタヴとの仲が、それはもう険悪なものであろうとも。
 最近になって少しずつ緩和してきたような気もするが、しかし相変わらずギスギスした空気を漂わせてならない相手の娘が目の前にいるからといって、別にウィノナは何もしない。むしろアネット自身をとても好ましく思っているがゆえ、度々よぎるギュスタヴの顔がどうにも邪魔であるくらいだ。
 けれどもしかし、それはそれ。当人が「別にいい」と割り切っているようなことであっても、板挟みになる人間にとってはあまり無視のできない……というか、重くのしかかる問題として、いつも横たわっているものである。
「あたしだってさ、無理に仲良くしろなんて言うつもりはないよ? 二人には二人の事情があるってわかってるつもりだし」
「あら、じゃあ別にこのままでもいいのではなくて? 争っているわけでもないし、所用があれば最低限の会話はできるもの」
「最低限じゃ困るでしょー!? 仮にも王妃様と王家の騎士がこんなんじゃあ、あの陛下だってきっと大変だよ」
「……大丈夫よ」
「あー! 言い淀んだ! 思い当たる節があるんでしょ!」
 迷惑をかけていないからいいじゃない、という二の句は、喉の奥できゅうと縮まってとうとう出てこなくなった。
 誰彼に迷惑をかけている自覚は、正直ほんの少しだけあった。ギュスタヴと会話をかわしたあとのこと、ディミトリが頭を抱えていたところを何度も見た。あのフェリクスですら苦虫を噛みつぶしたような顔をしていたし、シルヴァンはどうにも目をそらし、イングリットは大きなため息を吐いていたか。ドゥドゥーに至ってはじいと無言の圧をかけてきたこともあって、このままではきっとアッシュやメルセデスにも苦言を呈されることになるだろう。
 くだらない意地だとはわかっている。けれど先に因縁をつけてきたのは向こうのほうであって、あの男が普通に接してきさえすればウィノナも普通を返せるはずなのだ。それなのにあのギュスタヴという男はあいも変わらず会話のたびに渋い顔をしてくるし――言い訳の代わりに、否、言い訳に加えてみっともない愚痴を吐き出しそうになったので、アネット持参の紅茶を呷って腹の奥へと流し込む。親への情というものは相変わらずよくわからないが、大事に思っている肉親の愚痴を真正面から聞かされて、気分の良い人間などあまり多くはないだろうから。
「あたしはね、みんなのこともだけど、これからのことも心配してるの。父さんとウィノナが険悪なままじゃあ、これから産まれてくるお世継ぎにも絶対影響があるでしょ? 元気で立派な子を育ててあげないといけないんだから、ここは母親としても、そろそろ腹をくくらないと」
 アネットの視線が、少しずつ膨らんできたウィノナの腹へと向けられる。懐妊の報せを出してもう三節ほどになるだろうか、順調に大きくなってきた腹には愛おしい人との愛の結晶が宿っていた。ウィノナの薄くなった手のひらが、するりとまるい腹を撫でる。
 ディミトリの名前。子の名前。そして、ディミトリの想うこの国の未来。それらすべてを他でもないアネットから聞かされたとあっては、さしものウィノナであったとしても、やはり折れざるを得ないのだ。
 メルセデスとはまた種類の違う、どこか強かであたたかいアネットの母性に、実のところウィノナは少し、ほんの少しだけ弱いのである。
「……善処はするわ。できるだけ」
「あ、言ったね? 覚えたから! 言質とったから、もう絶対仲良くしてよ」
「仲良く……は、あまり保証はできないけれど――」
 じ、と何かを求めて見つめてくるアネットの双眸に、もはやウィノナには頷く以外の選択肢が残っていなかった。

 
20210119