君の姿は

 自分たちはどこかよく似ていて、けれども全く持って違う種類の人間である。ウィノナがドロテアと関わるとき、思うことはいつもそれだ。
 直感めいたその認識は出会ったときから決して消えてはくれなくて、しかしそれを確かめる術も、はたまた撤回する方法もウィノナにはよくわからなかった。なぜなら自分はドロテア=アールノルトという人間を知らなすぎるし、同じように神秘の歌姫についての知識も浅く、何より腹のうちを晒して話をできるほど、自分たちに仲睦まじさを感じてはいないからだ。
 値踏みするような目で見られてきたこと。人生にあまり余裕がないこと。対象の違いこそあれ「男」を目当てに士官学校へやってきたこと。おのれを否定するくせに、どこか媚びるような目を身に着けさせられたこと。枚挙に暇がない共通点は、けれども同じ数の相違点で打ち消してしまえるのである。
 自分たちはとてもよく似ていて、しかし本質は全く異なる。その違和感のような共感性のような不思議な縁を手繰るように、ウィノナはじっとドロテアの背中を見つめて物思いに耽っていた。
 もしかすると、彼女から何か持ちかけてくるのを期待していたのかもしれない。
「ウィノナちゃ~ん? もう、私の背中ばっかり見てないで、言いたいことがあるならちゃんとはっきり言ってくれる?」
「あら……バレていたんですか」
「当然でしょう? 私、これでも人の視線には敏感なほうなの。だから、貴女が何を思って私のことを見ていたか……そういうのもわかっちゃうんだから」
 くるり。神秘の歌姫と呼ぶに名高い身のこなしで、ドロテアはウィノナのほうを振り返って微笑んでみせた。彼女の立ち居振る舞いには芸術品のような美麗さがあり、確かにこれを目の当たりにしてしまえば、数多の貴族諸侯が虜になるのも理解ができる。
 オフェリー家に貰われてそう経たない頃、「どうせなら神秘の歌姫でも抱えてくればいいものを」と使用人が話していたのを覚えている。あのときはよくもまあどこぞの歌姫とやらと比べてくれたものだと腹を立てたが、数年越しではあるが非礼を心で詫びておこう――彼らがこのドロテアにまみえたことがあるのかは、この際置いておくとして。
 ドロテアは見透かすような目をしてウィノナのことを見つめてくる。彼女の深緑の瞳は穴でもあきそうなほどにじいとウィノナを見てくるわけで……さすがに居心地の悪さに身動ぎしそうになった頃、彼女はくすくすと笑いながら肩をすくめてみせた。
「やあね、その顔。『そんなわけないでしょ』って言ってるみたいじゃない」
「あら……別に、そんなことはないですけど」
「どうかしら。……私ね、貴女とはちょっとだけ似た者同士かもと思っていたのだけど……ダメだわ、貴女の考えてることなんてちっともわからない」
 やっぱりただの勘違いかしらねえ――天を仰ぐように視線を上げるドロテアは、駆け引きどうこう関係なく、ありのままに落胆の顔を見せているようであった。
 ウィノナは思う。ああ、やはり似ているのだと。幼子が場の空気にあてられたときのような思い上がりでは決してなく、今まさに確信めいたものがおのれのなかに生まれた気がした。それを言葉に昇華しろと言われたらまだまだ困難なことであるのだけれど、しかしさっきまでの手探り状態とは打って変わった心情にて、ウィノナはドロテアの言葉を受けとめている。
 そして、彼女のもたらした疑問には、ただひたすらの頷きで。
「奇遇ですね。私も、あなたとはどこか似ていると思っていたんですよ」

 
20210118