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お前は黄色が似合うかな(至)

「いったーるくん! これあげる!」 仕事帰りの夕暮れのこと。聞き慣れた声に振り向く間もなく、俺はいわゆる膝カックンを受けてその場に倒れ込みそうになった。お前俺の運動神経ナメんなよ――なんて、外であるにも関わらず飛び出しそうになった悪態を飲み…

物理的に柔らかい(至)

「、最近抱き心地良くなったな」 背後から伸びた両の手が、あたしの体を抱きすくめる。至くん曰くあたしは抱き込むのにちょうどいいサイズらしく、ゲームの合間に手が空くとこうしてへばりついてくるのだ。 別にここから何があるわけでもない。この人は、抱…

なまりの気持ち(至)

 どこかへ連れ去ってしまいたい。 誰にも見つからないところへ。 誰にも触れられないところへ。 誰にも、傷つけられないところへ。 たとえば今この瞬間右腕が斬り落とされたとして、優しく治療して丁寧に扱っていればまた新しい腕が生えてくるか? 答え…

午前2時過ぎのメランコリー(至)

『じゃ、あたしそろそろ寝るね。今日もありがとう』『おつー』『明日もお仕事がんばって……あ、でも無理しちゃダメだから』『ういうい』 ぴこん、というスタンプの受信音を最後に、至とのやり取りは終わった。時刻は既に午前2時をまわっていて、お互い明日…

うたをうたって(綴)

 ――あ、新作来てる。 行き詰まる作業の合間、休憩も兼ねて動画サイトを巡っていたときだった。かねてより世話になっていたとある歌い手のチャンネルに、新作の歌がアップされていたのである。 元々こういった文化には詳しいわけではないのだけれど、数年…

えにしを結ぶ(至)

『――はそういうんじゃない、かな。ごめんね』 何度も何度も夢に見る。困ったように笑いながら、優しく突き放してくる至くんの夢を。  授業の終わりを迎え、下校時間にようやっとスマートフォンを手に取る。外出用の手帳型カバーは桜色の革製で、いくつか…

花開きて(至)

『ッあ――ご、ごめんね、そうだよね。……うん、えへへ……ごめんなさい』 抑えるような涙声が、今もなお耳にこびりついて離れない。  残暑の厳しさ残る秋口のことだった。始まりが何の話だったのか、今となっては少しも思い出せないけれど、いつもの通り…

きみのきざし(至)

「そういえば、ちゃんって好きな人とかいるんですか?」 ふと投げかけられた咲也のひと言。夕食前の束の間の時間に投じられたそれは、スマートフォンに向かっていた至の視線を上げるには充分だった。「お、なになに? 咲也は狙いなわけ?」「ちがっ――この…

とじておきたい眠り姫(本編沿い)

※軽くですが嘔吐描写があります。ご注意ください--- 6人で囲む食卓は思ったよりも盛り上がって、あっという間に時間が過ぎた。身長の低さにそぐわないの食欲に声を上げたのはシトロンさんで、そのことについてつついた直後、控えめな声で「おかわり」と…

ひら、ひら、かくして(本編沿い)

 ――眠り姫みたいだと思った。 伏せられたまつ毛から影の落ちる頬は真っ白で、血色の悪さも相まって今にも消え入りそうだった。そろそろ馴染んできた寮の談話室で、座り慣れたソファのうえ、時おり魘されるように身を揺らす姿はどこか世俗的にも見えるが、…

きみはひかり(本編沿い)

※本編のセリフを引用している部分があります---『今日こそ、ロザラインを誘うんだ……』『この花をください。宛名にはロザライン――』 ――夢を見ているみたいだった。 入場開始直後に入った、どこか閑散とした劇場から一変。だんだんとお客さんが増え…

天を仰ぐように(本編沿い)

 スマートフォンを手に取ってみる。指は自然とSNSのアイコンを辿り、ホーム画面を開かせた。タイムラインを追う元気はない。つぶやくだけなら、まあなんとか。 当たり障りのないつぶやきを数個落として、他人のつぶやきを見る間もなくすぐ閉じた。最近は…