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さくらの魔法(咲也)

 青空に手を伸ばしたことについて、特に何も意味はなかったはずだ。ただ抜けるように青いなあとか、雲ひとつない快晴だなあとか、中学時代の理科で習った「晴れ」と「快晴」の違いを思い出しながら、ただぼうっと、本当に無意識でこの手を空へ掲げた。何かを…

君の面影(至)

 第五公演で主演を務めるにあたって――特に、見えないグエンの表現をするときに、いつも頭に浮かべていたモデルがいる。妖精らしく人間離れしたグエンの麗しさを三次元に当てはめるだなんて、もしかすると俺はナイランファンの風上にもおけないような愚行を…

夢と、希望と、それから(至)

 あたしにとって、家というものはひたすらに苦痛でしかなかった。 理想を押しつけてくる父親と、半ば育児放棄状態の母親と、あたしを痛めつけては嗤う姉。使用人は何人かいたけれど、さすがに主人の愚痴なんて彼らに言えるわけもない。心安らぐ場所であるは…

ぽつりぽつり、雨の音(真澄)

 ぱらぱら、ぽつぽつ、ぱちぱち。多様な雨音を傘の下で聞き比べながら、今日も今日とてあたしはMANKAI寮へ足を伸ばしていた。雨天はあまり好きではない。まとわりつくような気だるい湿気と、眠れない夜のどこか耳障りに感じる雨音がこびりついているか…

桜吹雪の真ん中で(咲也)

「さん、さん! 見てください、満開ですよ!」 桜並木をまっすぐ見上げながら、咲也くんは弾んだ声でわたしの名を呼んだ。桜色の花吹雪のなか佇む咲也くんは、なんだか桜と同化してしまいそうなほど、淡いぬくもりの色がよく似合っている。優しく微笑む横顔…

これを愛だと呼ばせてほしい(咲也)

 自分で言うのもおかしいけれど、わたしは理想的な娘だったのだろうと思う。容姿端麗、頭脳明晰、文武両道、沈魚落雁、数多の賛辞は全てわたしのためにある――そう言ってきた男は何人も居た。老若男女誰もがわたしにこびへつらってきた。誰もがわたしに好か…

君らしくて好きだよ(綴)

「英語が話せて得したこと? 洋ゲーやるときスムーズにいくことかな!」 海外の人とチャットで話せるのも大きいよね――ふと浮かんだ疑問をぶつけてみると、きらきらと目を輝かせるから返ってきた即答がこれだ。ゲーマーここに極まれり、そんな言葉を思い浮…

あなたしか見たくない(至)

「、最近メガネかけてること増えたんじゃない」 手元のスマートフォンから目を離さず、独り言のように吐き出された言葉。一体それが何を思っての発言なのかわからないまま、はそうなんだよね、と頷いた。「なんかね、進級してからまた悪くなったみたい。普段…

君がいないと(至)

「そんなつもりじゃなかった」なんて犯罪者の常套句が、よもやこの口から出そうになるだなんて思ってもみなかった。金曜日から土曜日を跨いだ深夜一時のこと、暗闇のなかぼんやりと光るモニターを前に至は頭を抱えている。想いが溢れて壊れそうだと思った。傍…

魅惑の昼下がり(綴)

「大丈夫? おっぱい揉む?」 集中力が途切れた直後。脳が停止した瞬間に滑り込んでくる、その衝撃は大きい。背もたれが軋むほど仰け反った先、こちらを覗き込んでくるの爆弾発言に、綴は危うく椅子から転げ落ちそうになった。あんぐりと開いた口を閉じて、…

優しい共通点(綴)

 いわゆる穴場があると教えてくれたのはバイト先の先輩だった。 春になると一面の黄色い花に囲まれるその丘は、知る人ぞ知るデートスポットであるらしい。デートという話はひとつ置いておくとしても、その花の名前を聞いて一番に頭に浮かんだ彼女を、絶対に…

お前は黄色が似合うかな(至)

「いったーるくん! これあげる!」 仕事帰りの夕暮れのこと。聞き慣れた声に振り向く間もなく、俺はいわゆる膝カックンを受けてその場に倒れ込みそうになった。お前俺の運動神経ナメんなよ――なんて、外であるにも関わらず飛び出しそうになった悪態を飲み…