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ちいさなせなか(シトロン)

「シトロンくん! 今ちょっといいかい? エレザードの育成についてなんだが――」「いたいた、おーい! ジムリーダー、今日こそバトルしてくれよー!」「ごめんねシトロンちゃん、実はうちの店の冷蔵庫がおかしくなっちゃって――」 もはや雑音にも等しい…

あなたの好きな海だった(密)

 まるで魔法のようだった。彼に抱きしめられたとき、ずっと抱え込んでいた膿が、重しが、ふわりと軽くなったのだ。 家族を亡くした過去は消えない。私は一生その傷と付き合っていくのだと思うし、あんなにも好きだった人のことを、愛の結晶である息子のこと…

あの日のぼくにさようなら(太一)

 永遠なんてないと知ったのは、初恋の女の子と会えなくなったあのときだ。あの頃の俺っちはあの子とずっと一緒にいられると思っていたし、いつかあの子をお嫁さんにして、幸せな家庭を築くんだって思ってた。でもすぐに離ればなれになって、俺っちは道を間違…

本当はずっと(辿)

※本編8幕、バクステのネタバレあり--- 日本に帰ってくるのは何ヶ月ぶりだろう。生まれ育った温暖な気候は体によく馴染み、否が応でもここがおのれの故郷なのだということを実感させてくれる。通り慣れた花街道の香りはどこか懐かしくて、あの頃とは咲き…

あなたを待っています(密)

「アネモネの花言葉って切ないよね~」 花瓶の水を捨てながら、思い出したようにが口を開く。いきなりなに、と至極まっとうな声を返せば、は頷きながらからからと笑った。「この前読んでた本に花言葉の話が出てきたんだよ、それで色々調べちゃったの」「………

今までのぶんも(太一)

「昔通ってた幼稚園に咲いてたわ」 ふと足元に目を向けたが、おもむろにそう呟いた。どうしたの、と尋ねて彼女の視線を追ってみると、そこにあったのは白いプランターに咲き乱れる色とりどりのパンジーの花。演劇の聖地と呼ばれる天鵞絨町はそのぶん人の行き…

呪いは伝搬してゆく(密)

※R15くらい---「にしても、最近物騒ですよねー。毎日毎日、どこかしらで怖い事件が起きてたりするし……」「確かに、毎日嫌~なニュースばっかりかも。幸い天鵞絨町は、ここ最近目立ったことは起きてませんけど……」「ああでも事件といえばあれですよ…

Photogenic(綴)

 MANKAIカンパニーの脚本家として書かせてもらっている手前、そこに妥協は許されない。遊びじゃない。趣味でもない。これはれっきとした仕事である。お客さんの、劇団員の、スタッフの、監督の時間と金を浪費させてしまうのだから、俺はみんなの期待に…

あざといポーズ(至)

「ッ、きゃあ!」 物陰から出てきた怪物に驚いたのだろう。は控えめな声をあげ、隣の至にしがみついた。 今はホラーゲームをやっているところだった。やっている、というよりは、プレイしている至の隣にが座り、そのさまを鑑賞しているといった具合である。…

何日何年かかっても(咲也)

「オレ、ほしいものが出来ました」 意を決したようにつぶやく咲也くん。その目はひどく真摯でいて、けれども何かに怯えているようにも見えた。 まるで、親とはぐれて迷子になったような心細さが、今の彼にはあると思う。「いつか、そう遠くない未来、さんと…

見えなくなってわかるもの(綴)

 歩幅が合わない。 当たり前といえば当たり前だ。男女という性差、30cm余の身長差に加え、あたしたちは生い立ちや境遇までもが違いすぎる。家族のため、弟のために稼いで、世話を焼いて、身と心をすり減らすように働いてきた綴くんと、恵まれた家に生ま…

真夏の壁(至)

 アイスが食べたくなったのだ。 蒸し暑い夏のことである。夏休みも終盤に差しかかった土曜日、至はを招いてのゲーム合宿――もとい、夜通しゲームに明け暮れるためのお泊り会を行っていた。同室の千景がちょうど短期出張に出るということで、この機会を逃す…