原神

決して枯れたりするものか

 が事故にあった。 清泉町へ配達に行った帰り、ヒルチャールに襲われている青年を助けようとして崖から落ちてしまったらしい。その青年が迅速な対応をしてくれたおかげで命に別状はないそうだが、その知らせを耳に入れた瞬間、僕の世界はほんの一瞬すべての…

明昼の下で咲う君へ

 安心、するはずだったのに。彼が見放してくれさえすれば、すべてに諦めがつくと思っていたのに。いざその手を離されると、まるで地の底へと堕ちたような痛みが全身を襲う。今にも死んでしまいたくなるほどの絶望が視界の隅まで広がって、の足をぶるぶると震…

闇夜を照らしてくれたあなたへ

 ――夢を見た。あったかくて、やさしくて、陽だまりみたいな匂いがする夢を。 そのぬくもりはひび割れた心にゆっくりと染み渡って、亀裂のひとつひとつをじんわりと埋めてゆき……あたたかなお風呂でひと息ついたときのような、癒やしに満ちた心地よさをも…

誓いの焔

 正直なところ、真っ先にディルックを襲った感情は「困惑」だった。アカツキワイナリーの手入れされた屋敷で育った彼にとって、いま眼前に広がっている埃まみれの一軒家は良くも悪くも非日常を感じさせるものだったからだ。 腕のなかにいる少女が荒れ果てた…

忍び寄るのは孤毒の足音

「はあ……ディルック様、今日も本当にステキ。私もいつか、ディルック様とディナーをご一緒してみたい……」 呼吸にも等しい独り言――もしくは惚気を発したのは、バイトの同僚であるドンナだった。 彼女は長らくディルックに憧れていて、控えめながらも熱…

小花の下には何がある

 モンド城の最高部に位置する大聖堂――その裏にはひっそりと、どこか静謐な空気をまとう墓地がある。天寿を全うしたモンドの人々は特例を除いて皆ここに埋葬され、墓石や木々の間を抜ける風を浴びながら、ゆっくりと眠りにつくのだ。 いわばこの場所は、モ…

罪悪の種

「ですか? なら、このあいだ家に帰りましたよ」 お見舞いがてら大聖堂まで足を運んだある日、彼女の友人である牧師バーバラにそう告げられた。 思えば先日顔を見に来たときに覚悟を決めたようなふうでいたから、そのことを考えれば帰宅したと言われても納…

薄氷のうえを少女は歩く

 ほぼひと月ぶりに、住み慣れた家の玄関扉を開ける。馴染みのある重量はに帰宅の実感を湧かせ、長らく家を離れていたことによる疲労を癒やしてくれたような、気がした。  大聖堂からの帰路は平穏無事と言って問題ないものであっただろう。途中、鹿狩りの前…

曇天に射し込む光

 あの日からしばらくして、教会内には「に赤いものを見せてはいけない」という暗黙の了解が生まれた。 しかしそれは看病を担う者による配慮であり、決して彼女を辟易した結果のルールではない。家族を亡くし、本人も重傷を受け、心身ともに弱りきっている少…

やがてすべてはひっくり返る

※嘔吐描写有 --- 「目が覚めたとき、そこにあったのは見慣れない天井だった」――創作物ではお決まりの文句であるが、の目覚めはその限りではなかった。 目を覚ました彼女を迎えたのは天井ではなく壁だ。正確には、少し古ぼけたような白い壁と、それを…

忘れられない誕生日

 両手いっぱいのセシリアの花が、夜風にくすぐられながら優しい芳香を振りまいている―― 鼻腔を通るそれを存分に堪能するは、荷馬車の隙間から星の夜へと目をやり、どこか熱っぽいため息を吐いた。真冬の冷たい空気に混じるそれはぼんやりとした形を保って…