短編(ローレンツ)

拝啓 赤薔薇の貴公子様

 ――するり。滑るような音に続くのは、ぺたり、びしゃりと、何か粘度のあるものをなすったり、水をかき混ぜたりするような音。 それがいったい何を示しているのかは、ぼんやりと浮かぶ仄かな月明かりの下で作業に励むだけが知っていることであった。 彼女…

君の心が呼ぶほうへ

 歌が聞こえた気がした。 グロスタールの屋敷のなか、ローレンツは誘われるように足を動かす。人よりも上背のある彼は歩幅もそれなりに広いのであるが、けれども貴族らしい所作のおかけで決して下品な運びではない。此度はまるで惜しむように足を運ぶためか…